話の屑籠
豊島与志雄

 田舎の旧家には、往々、納戸の隅あたりに、古めかしい葛籠が、埃のなかに置き忘れられてることがある。中に何がはいってるか分らないままで、誰の好奇心も惹かずに、ただ昔から其処にあったという理由だけで、相変らず其処に在る。それを誰も怪しまない。葛籠自身も怪しまずに、平然と埃に埋もれている。そして或る日、誰かが、偶然に、全く何の理由もなく、その蓋を払って、中を瞥見してみようものなら、ばかばかしくて、その葛籠を取捨てる気にさえならないだろう。中にはいっているのは、何の役にも立たない古証文、手紙の断片、種々の受領書、つまらない日附や品目の覚え書、ぼろぼろの小袖の断片……要するに、全然屑籠の内容にすぎない。
 そういう屑物を、一体、誰が、何時、葛籠のなかなどに保存するようなことをしたのか。何かのものぐさの結果か。何かの孝心の現われか。何かの執着の名残か。何かの気まぐれの始末か。この解答は、なかなか見出せるものではない。家屋の中に於ける人間の生活は、不思議なもので、意外なところに意外な淀みを作る。
 そしてこういう無益な反故こそ、実は、最もよく故人の生活を反映してるものである。
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