っくり返してみると、底の方に、か細い白根が腐らずに残っていた。でもそれだけでは、大きな鉢には足りないような気がした。で更に植木屋から、白蓮と紅蓮との苗根を一株ずつ取寄せ、その上田舎の老人に頼んで、普通の食用蓮の苗根をも取寄せ、それらを逆様に鉢の中へ植え込んだ。そして植木屋から聞き知った肥料として、大豆と干鯡とを与えた。
所が春がたけていっても、蓮の芽はなかなか出なかった。其代りに、鉢一面にぎらぎらとした油が浮き、青褐色の苔が泥の面に拡がっていった。そして六月のはじめ頃になって、小さな蓮の芽が出だしたけれども、その巻葉が開きかけると、しなしなと横に倒れて、四五寸くらいの大きさにしかならず、それもやがて縁の方から枯れていった。そしてただ油と水苔とだけが、鉢の中一杯に漂い浮び、泥の中からは泡が立ち、物の腐爛した臭気が発散して、清浄な蓮の花も匂いもその気配だに見せないで、いじけた小さな五六枚の葉だけが、枯れ残ってるのみだった。初め私は、蓮を盛んに肥らせるために、大豆を一合ばかりと干鯡を七八本やったのであるが、それが余りに多すぎて、蓮は肥料負けしてしまったのである。
「余り御馳走をやったので、
前へ
次へ
全9ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング