ましたよ。死んだ時にも笑っていました。片方の目を細く開き口を開いて笑ってるものですから、それを閉じさせるのに骨が折れたくらいです。あの時は三つでしたが、四つ……五つ……六つ……と、だんだん可愛くなるばかりです。生きてたらもう私と一緒に、公園なんか散歩するでしょう。そろそろ学校へも上る頃ですね。屹度よく出来るに違いありませんよ、利口な子でしたからね。そしてだんだん綺麗になってゆくんです。母親は綺麗じゃありませんでしたが、不思議に子供は上品な立派な顔をしていました。がそれももう、ずっと昔のことです。どうかすると何もかもぼんやりして、忘れそうになることがあります。そんな時私は、堪らないほど淋しい陰欝な気持になります。然しまたすぐに諦めます。子供はいくらも世間にいますからね。いつでも何処にでも、あり余るほど沢山います。子供がこの世にいなくなることは決してありません、決してないんです。」
彼は一寸鹿爪らしい顔付になって、眼の曇りが薄らぎ底深い空洞を示しかけたが、それがまたふっと曇ってきて、口許ににやりと薄ら笑いを湛えた。
「子供は温かなものですよ。ほかほかとした何とも云えない温かさです。一寸他に類がありませんね。ごらんなさい。向うに母親の膝を枕に眠ってる子がいますでしょう。あの母親の膝なんか、ただ子供の頭がのっかってるだけで、炬燵にはいったのよりももっと気持よく、ぽかぽかと温ってるに違いありません。」
そして彼は、もう私のことなんかは打忘れたかのように、その母と子とから眼を離さずに、時間を置いてはにやにや薄ら笑いを洩らした。私は可なりの間彼の様子を見守っていたが、ついに待ちきれなくなって云い出した。
「それから、あなたはどうしましたか。」
「え?」
彼は向直って、不思議そうに私の顔を見た。
「警察に連れて行かれたというお話でしたが、それから……。」
「警察……ああそうですか。実に馬鹿馬鹿しい所ですよ。高い格子窓のある暗い室に押込まれましたがね、碌に食物も布団もくれないんです。そして、眼鏡越しに人をじろじろ見るくせに、いやに丁寧な言葉付をする、口髭のある男がやって来まして、私を明るい広い室に連れ出したのはいいんですが、一から百までの数を云ってみろとか、何年何月何日に幾日を加えれば何年何月何日になるかとか、まるで小学校の算術のようなことをやらせるんです。それからまだいろんな
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