と仰言るので、お前は連れて来られたのだ。」
猿はびっくりして、これはたいへんなことになったと思いました。けれど、猿も利口です。亀が出て来て、御殿の中へ案内しようとしますと、猿は困ったような様子をして言いました。
「亀さん、とんでもない忘れ物をしてきたよ。うちの山の木に、肝をかけてほしておいたのを、忘れていた。雨でも降りだしたら濡れてしまうだろう。心配だな。」
「なあんだ、猿さん、肝を忘れてきたのかい。それじゃあ、早く取りに行くよりほかあるまい。」
そこで龜は、また背中に乗せて、もとの海岸まで戻って行きました。
猿は大急ぎで、小山の上の高い木に登り、知らん顔をして、方々を眺めています。亀は海の中から催促しました。
「猿さん、猿さん、肝はどうしたかね。」
猿は笑って、大きな声で返事しました。
「海中に山なし。身を離れて肝なし。」
だいたい右のような話だが、この猿の返答は痛烈である。そして話全体が、だいぶ近代的になってるし、動きも多い。漢法薬の店には、現に、猿の肝の乾物を売っている。
*
竜宮に通じてると称せられる洞穴や深淵は、海岸にたくさんある。竜宮は海中にあるとされてるから、それは当然であろう。けれど、山奥にもそういう深淵がある。
群馬県の山奥、といっても、利根川の支流の溪谷だが、沼田駅から丸沼温泉へ行く途中に、吹割の滝という美しい滝がある。日本のナイヤガラとも言われる。河流が拡がって、その大部分は真直に懸崖から落下し、一部は懸崖を廻って反対側から落下している。その滝壺が、竜宮に通じてると伝えられているのである。
むかし、或る日の夕方、一人の馬方が、この滝壺で馬を洗っていました。すると、滝壺の底から、河童が出て来て、馬の睾丸を抜こうとしました
それを見て、馬方はいきなり、河童の首根っこを押えつけました。
「けしからん奴だ。おれの大事な馬の、睾丸を抜こうとしやがったな。殴り殺してやるから、そう思え。」
馬方は握り拳をかためて、河童の頭の上に振り上げました。
河童は首根っ子を押えつけられながら、声をしぼって謝りました。
「許して下さい。どうか許して下さい。つい出来心で、悪いことをしようとしました。許して下さったら、必ず御恩に報います。この世にまたとない珍らしい物を、持って来て差上げます。」
馬方は振り上げてた拳をおろしました。
「なんだ
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