りに小泉のことなどを尋ねかけるのだった。――「医学博士って肩書は、何んだかお爺さんくさくって、若い人には、却って損ね。」彼女らしい意見で、これから診察を受けるなどという気持は、遠くへ薄らいでいた。それに中江も引きこまれて、変に図々しいものを心の片隅に押しこんで、小泉の家まで来てしまった。出迎えた小泉は一切をのみこみ顔に、てきぱきと事を運んでくれ、それに対ってまたキミ子は、普通の話でもするような態度で、既往の身体の調子を述べ立て、そして二人で隣りの診察室にはいっていったのである。
――やはり来てよかった。病気でも何でもないかも知れない。
そんなことを、煙草の煙の間にぼんやり考えるほど、中江は落付いていた。診察が手間取るのも気にならなかった。そしてやがて、診察室から出て来た小泉の言葉もそれを裏書してくれた。
「別に何でもないようだね。尤も、一回みただけではよくわからないけれど……。」
それを逆に、一回みてよく分らないくらいなのは大したことでないと、そういう態度で、煙草をふかし、看護婦をよんでお茶などを勧めるので、中江も益々いい気になっていった。そこへ、衣服をなおしたキミ子が勢よくとびこんできて、誰にともなくお辞儀をして、にこにこと笑って、中江と並んで椅子にかけた。
その時、小泉は、初めて見るかのようにじっとキミ子の上に視線をすえて、短くかりこんだ口髭にちょっと威厳をもたせて、徐ろに諭すように云うのだった。
「少し胃が悪いようですね。それも、食物の用心だけで充分で、薬をのむほどのこともありますまい。そのほか、別に異状はないようです。血圧をはかるにも及ばないでしょう。……ただ、しいて云えば、神経の衰弱が少しあって、そのため過敏になって、ちょいちょい自覚的な故障を覚える……といった程度のものですね。然しそういうことは、忘れてしまうに限りますよ。衰弱と過敏とが一時にくる厄介な代物ですから、気にすればするほど結果は悪くなる、というようなわけで……。」
そこで彼は一寸微笑をみせて、診察的な眼付を中江の方に移してきた。
「君なんかの方が、よほど病人だよ。りっぱな胃病患者だし、それになお、組織の弛緩てやつで、診察の価値があるね。」
その言葉が、ぽつりと宙に浮いた。というのは、先程から、医学博士小泉省治の前に、キミ子も中江もへんに神妙になってたところへ、診断が――キミ子を安心
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