だったが、その調子に変につっかかってくるものを感じて、中江の方で眼をみはった。それは男の腕さ、などと受太刀になりながら、ふと自嘲の気味で、実は島村君には、眼の活発な断髪の美人がついてるようだがと、キミ子のことを、我にもなく持ちだしてみると、静葉は一寸首をかしげてから、それは、たしかキミ子さんとかいうひとではありませんかと、図星をさしてしまったのである。あのひとなら、あたしも一度ここでお目にかかったことがある、という。
「ほう、三人で、この家で……。」
中江はおどけた様子で、片手をあげて頭の真上を叩いたが、それだけでは胸の納まりがつかなかった。もともと島村と懇意になったのも、キミ子の紹介からであるし、キミ子を愛するようになってからは、彼女が島村の家に暫く厄介になったことがあるところから、二人の間を一寸疑ってみたほど、キミ子は島村に馴々しくしていたし、またキミ子の性質からしても、待合の中を見たいという好奇心くらいは持ちそうだったが、それにしても、静葉がキミ子を知ってるということは、キミ子と現在のような関係にある中江にとっては、妙に気恥しい打撃だった。キミ子は嘗てそんなことは色にも現わさないで、中江がこういう土地の酒を飲むことを、中江の健康のために心配してみせるだけだった。ばかりでなく、キミ子の生活の半ばは、実際影のなかに隠れて見えなかった。それに比べると、島村と静葉との間柄が、如何に影の少い公然たる朗かさを持っているかが、中江の眼に映じてくるのだった。
「呼ぼう、島村君を呼び出そうじゃないか。」と中江は云い出した。
「そうね。」
当り前だという調子で、静菓が自分で電話をかけに立っていった。機械的に一寸島田の髪に手をやって、引いてる裾を器用にさばいて、肥った大柄な身体をすっと襖の陰に消していくその後ろ姿を、中江はじっと見送ったが、その眼を膝に落すと、あぐらの足先にたくねたお召の着物の裾に、白いものがあった。よく見ると、そこがすり切れていて、一寸《いっすん》ばかり裾綿が覗きだしているのだった。それを眺めているうちに、彼は酒の酔がさめかかった。久しぶりに吉松へ一人でやって来たのも、行きつけの喜久本へはだいぶ不義理があるからのことだったが、着物の裾の破れから、そうした自分の不如意が頭にはっきり映ってきた。そしてそれが意識のなかに落付くと、逆に腹を据えて、ふみ枝や千代次まで呼
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