一段々々数えるようにして上って行った。
二階に上って、第一に彼の眼に止ったものは、室の両側の壁にしつらえてある可なり贅沢な煖炉の、一方のに赤々と火が焚かれてることだった。その煖炉の前の卓子に、長い頭髪を房々と縮らした一人の男と沢子とが、向い合って坐っていた。
昌作の姿を見ると、沢子はすぐに立上って、二三歩近寄ってきたが、其処にぴたりと立止って、サロンの女主人公といった風な会釈をした。それから彼を煖炉の方へ導いて、殆んど二人へ向って云った。
「先生よ。」
その先生という言葉が、昌作の耳に異様に響いた。がそれよりも変なのは、初めて見る宮原俊彦の顔に、彼は何だか見覚えがあるような気がした。頬骨の少し秀でた、頬のしまった、髯のない、色艶の悪い顔、痩せた細い首、そして縮れた髪の垂れてる額の下から、近眼鏡の奥から、大きな眼が輝いていた。何処ということはないが、重にその眼に、昌作は古い見覚えがあるような気がした。
もじもじしてるうちに、沢子が横手の椅子に腰を下ろしてしまったので、昌作は仕方なしに、一つ不自然なお辞儀をしておいて、俊彦と向い合って坐った。
「宮原です。」と俊彦は云った。「どうぞ
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