おかなければならないと、しきりに昌作へ決心を強いたのは、そして、その晩までに返事をすると昌作に約束さしたのは、禎輔自身だった。所が今急き込んでるのは達子だけで、禎輔自身はどうでもよいという投げやりの態度を取ってるのだった。その投げやりの態度の底に何かがあるのを、昌作は不安に感じた。殊にこれまで、また今後とも恐らく、自分の親戚として且つ保護者として、そして寛大な真面目な人格者として、禎輔を尊敬していただけに、昌作は猶更それを不安に感じた。
「私は今一寸気持に引掛ってることがありますから、」と昌作は突然云った、「それが片付くまで……もう四五日、待って頂けませんでしょうか。」
「ああゆっくり考えるがいいよ。今じゃなんでもないが、九州へ行くと云えば昔では……。」
何故かそこで禎輔がぷつりと言葉を途切らした。然し昌作はその皮肉な語気からして、流刑人の行く処だというような意味合を感じた。そして慌てて弁解し初めた。
「いえ、九州だからどうのこうのと云うんじゃありません。ただ、自分の気持に引掛っていることがありますので、それを……。」
「まあどうでもいいさ。」と禎輔は上から押被せた。「誰にでもいろん
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