みた。今から行けば丁度夕飯時分で、夫妻といつものように会食するということが一寸気にかかったけれど、構うものかとまた思い返した。
禎輔は不在で達子が一人だった。昌作は何故ともなく安堵の思いをした。達子は彼の姿を見て、待ちきれないでいたという様子を示した。
「佐伯さん、一体どうしたの? あんなに電話をかけたのに……。昨日も今日も五六回の上もかけたんですよ。するといつも居ない、居ないって、まるで鉄砲玉みたいに、何処へあなたが行ったか分らないんでしょう。私ほんとに気を揉んだのよ。変に自棄《やけ》にでもなって、何処かで酔いつぶれでもしてるのじゃないかと、そりゃあ心配したんですよ。……でも、宿酔のようでもないようね。一体どうしたんです? 電話をかけたらすぐに来て下さいって、あんなに頼んどいたのに……。」
黒目の小さな輝いた眼がなおちらちら光って、受口《うけぐち》の下唇をなお一層つき出してるその顔を、昌作は不思議そうに見守った。
「あなたも御存じじゃありませんか、私は此頃はわりに謹直になって、酒なんか余り飲みはしません。ただ、一寸用事が出来たものですから、その方に駈けずり廻っていたんです。」
「
前へ
次へ
全176ページ中115ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング