野ざらし
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)印半纏《しるしばんてん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一寸|昼食《ランチ》を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]
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     一

「奇体な名前もあるもんですなあ……慾張った名前じゃありませんか。」
 電車が坂道のカーヴを通り過ぎて、車輪の軋り呻く響きが一寸静まった途端に、そういう言葉がはっきりと聞えた。両腕を胸に組んで寒そうに――実際夕方から急に冷々としてきた晩だった――肩をすぼめていた佐伯昌作は、取留めのない夢想の中からふと眼を挙げて見ると、印半纏《しるしばんてん》を着た老人の日焼した顔が、髭を剃り込んだ※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]をつき出し加減にして、彼の横から斜上《ななめうえ》の方を指し示していた。其処には、車掌と運転手と二つ並んだ名札の一つに、木和田五重五郎という名前が読まれた。
「私はこれで日本六十余
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