てたんだけれど。」
「別に隠す必要はないじゃないか。」
「だって、うるさいんですもの。私雑誌記者なんかしてたんでしょう……婦人雑誌じゃあるけれど……それがこんな所へはいったものだから、いろんなことを云われて困るのよ、あなたは知らないけれど、文壇てそりゃうるさいもんなのよ。」
「人が何と云おうと構わないさ。」
「だけど……。」
 彼女は急に押し黙ってしまった。その黙り方が如何にも執拗だったので、昌作は突き放されたような気がして、反撥的に黙り込んだ。
「私ね、」と長くたってから沢子は云い出した、「実は宮原さんと誓ったことがあるの、これから真面目に勉強するって。そして何を勉強したらいいかさんざん迷った上で、画家になりたいと心をきめたのよ。そしてこんな所にはいり込んだのよ。記者と違って、ここだと午前中はすっかり隙だし、普通の珈琲店よりいくらかいいでしょう。どうせ国を逃げ出してきて、自分で働かなけりゃならないから、これ位のこと仕方ないわ。そして私こっそり、松本さんのアトリエに通ってるのよ。……誰にも分らないようにするつもりだったけれど、どうして分ったんでしょう?……あなただからお話したのよ。誰にも黙ってて頂戴、ねえ。」
 昌作には、そんなことを何故に彼女がひた隠しにしてるのか、合点がいかなかった。然し別に尋ねてみる気も起らなかった。ただ宮原のことだけが少し気にかかった。宮原と彼女との関係をも少しはっきり知りたかった。それをどういう風に云い出したらよいか迷ってるうちに、沢子はしみじみとした調子で云い出した。
「あなた毎日何にもしないで暮してるって、本当?」
 昌作はただ眉をちらと動かしただけだった。
「何にもしないで暮せるものかしら? ほんとに何にもすることがなくて、そしてほんとに何にもしないで……。」
「暮せるさ。」と昌作は突然我に返ったように饒舌り出した。
「時間なんかじきにたっちまうものだよ。朝眼がさめると、床の中で新聞をゆっくり読む――これがなかなか大変なんだ、半分眠ってて半分覚めて読むんだから、蟻の這うようなものさね。普通の者には出来ない芸当だ。それから、十時頃に起き上る。髯を剃ったり髪を解かしたりしているうちに、一時間くらいわけなくたってしまう。十一時頃、朝昼兼用の食事をして、新聞にまた隅々まで眼を通したり、ぼんやり空想に――空想という奴は、時間つぶしに一番いいんだ
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