話します。」
「だって私、何だか心配で……。」
「私一人だけのことなんです。私一人だけのことが、どうしてそんなに……。」
「心配になりますとも!」と達子はふいに大きな声を出した。「私あなたのことなら、何でも気にかかるんだから、そう思っていらっしゃいよ。お前はどうしてそう佐伯君贔屓にするかって、片山もよく云うんですが、ええ、贔屓にしますとも! あなたのことなら何でもかでも気にかかって、一生懸命になってみせますよ。私あなたを弟のような気がしてるから……私にも片山にも弟なんかないから、あなたを弟と思ってるから、気を揉むのは当り前ですよ。」
昌作には、何で彼女が腹を立ててるのか訳が分らなかった。けれど何故となく、非常に済まないという気がした。彼女を怒らしたのを、非常に大きな罪のように感じた。彼は突然涙ぐみながら云った。
「済みません。僕が悪かったんです。」
「悪いとか悪くないとかいうことではありません……。」そう云っておいて達子は、長く――昌作が待ちきれなく思ったほど長く、黙っていた。そして静に云い続けた。「実際私は気を揉んだんですよ。四五日とあなたが約束したでしょう、そして一方に、そういう女の人があるでしょう、そしてそのまま音沙汰なしですもの、あなたがどんなにか苦しんでるだろうと思って、自分のことのように心配したのよ。それに、片山はああ云うし、そのことも早くあなたに伝えたいと思って、昨日から幾度電話をかけたでしょう。片山はまた片山で、何だかあなたに逢うことを非常に急いでいたんです。東京にいい口があるのかも知れませんよ。私には何とも云わないで、ただ話があると云うきりですが……。そうそう、あなたがいらしたら、会社の方へ電話をかけてくれって云っていました。一寸待っていらっしゃい、今かけてみますから。」
達子が立上って電話をかける間、昌作は変な気持でぼんやり待っていた。ハイカラな女学生風の令嬢だの、九州へは行かないでもよいだの、弟だの、禎輔から急な話があるだの、そんないろんなことが、まるで見当違いの世界へはいり込んだ感じを彼に起さした。そして、電話口から戻って来た達子の言葉は、更に意外な感じを彼に起さした。
「あの、あなたにすぐ武蔵亭へ来て貰いたいんですって。片山はあすこで二三人の人と会食することになっていて、今出かける所だと云っています。けれど、食事をするだけだから、そして
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