かも二杯、頼んだ。
 煙草の煙ごしに、彼女は志村の顔をしげしげ眺めた。頬笑んでるのか怒ってるのか分らない表情だった。
「あなた、この頃、ずいぶんお盛んなようですわね。」
「どうしまして。すっかり悄気てるんですよ。」
 志村は笑みを浮べた。
「お盛んなのは結構ですけれど、あまり、ひとをおからかいなすってはいけませんよ。」
 志村は笑みを深めて、あの一件かと思っていると、果してその通りだった。
「フグの茶漬けとかを食べさしてくれる家があるそうですが、どこなんですの。」
「なあに、頼めばどこだって出来ますよ。」
「いいえ、あなたの御懇意な家……なんという家なんですの。」
 志村はカクテルを飲んだ。
「わたくし、フグが大好きですから、ちょっと行ってみたくなりましたわ。なんという家が、教えて下さいません。お願いですのよ。」
「お願いだなんて……。」
 庭のかなた、百日紅の白っぽい幹を交えて椿がこんもりと茂ってるのを背景に、大きな自然石が配置され、その石のたもとに、黄色い葉が僅か散り残ってる一群れの山吹があった。それに志村は眼をとめた。
「やまぶき、という家ですが……。」
「やまぶき、お菓子屋みた
前へ 次へ
全25ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング