しましたが、ただ声だけで何の姿も見えず、大きな木が化《ば》け物のように立ち並んでるだけでした。そして森全体はやはり、ごーッごーッと唸り続けていました。
王子は恐ろしさに震え上がりそうなのを、じっと押しこらえて、剣の柄《つか》を握りしめながら、一生懸命に叫び返してやりました。
「僕はこの山の下の城の王子だ。森の樫《かし》の木に逢いに来た。どこにいるのだ? 返事をしないか」
すると、「おーう」というほえるような声が一つ、森の唸り声の中から一際《ひときわ》高く聞こえてきました。王子はもう命がけになって、その声の聞こえた方へ、茨《いばら》や葛《かずら》の中を踏み分けて進んでゆきました。
しばらく行くうちに、はるか向こうの方から、ぼーっと薄赤い光がさしてきました。王子はにわかに力強くなって、その光の方へ飛んで行きました。そして、あッ! と叫んだまま棒立ちになってしまいました。
それももっともです。すぐ眼の前に、何千年たったとも知れない、また何の木とも知れない、城のやぐらほどもある大きな木の幹《みき》が、すっくとつっ立っていまして、その上の方に洞穴《ほらあな》みたいな穴がありまして、穴の口に、こちらを向いて、金色《こんじき》の大きな鳥がとまっているではありませんか。その鳥の全身から出る金色の光に、王子は眼がくらみそうになりました。それからようやく気をとりなおして、じっと向こうを見やりました。すると、何故《なぜ》ともなく、その大きな木は森の王の樫で、その金色の鳥は夢の精だということを、王子は知りました。森の唸《うな》り声はいつの間にかやんでいました。
鳥はそのめのうのような赤い眼で、王子の姿をじっと眺めましたが、しばらくするといきなり大きな翼を広げて、王子の前に飛び下りてきました。そして足を屈め頭を垂れて、背中に乗れとでもいうようなようすをしました。王子はちょっと迷いましたが、鳥のめのう色のやさしい眼を見ると、すっかり信じきった気持ちになって、その背中へ飛び乗って、柔らかい首筋《くびすじ》へしっかとしがみつきました。
王子が背へ乗るが早いか、鳥は大きな金色の翼を動かして飛び上がりました。不思議なことには、そんな大きな翼で飛んでるのに、少しも空を切る音がしませんでした。一|瞬間《しゅんかん》のうちに、森の枝葉《かれは》の茂みの上にぬけ出て、それから空高く舞い上がり、一時
前へ
次へ
全11ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング