に行くようなことになるんだろう。だからその前に一度、僕が連れてってやろうか。」
 お前はみな聞かないうちに、真赤になって俯向いてしまったね。僕は微笑したよ、ずるい微笑だったかも知れないが……。
 実際、稲毛に行くことなんかは、全くでたらめの話さ。こんどの日曜日にっていうやつさ。
 だけど、これで根性は確かなつもりなんだ。食後、座敷の縁側の日向で新聞を読んでると、お前は用もないのにやって来て、庭の方を見るふりしてじっと坐っていたね。後のために何か意見でもするつもりかしら、とそう思ったものだから、僕はわざと知らん顔をしてやった。が余り長くお前が黙っているので、ふと顔を挙げると、お前は眼に一杯涙ぐんでいる。そのお前の顔の、黒い睫毛と細い鼻筋とが、如何にも淋しかった。
「何を涙ぐんでるんだい。」と僕は云った。「心配しないでもいいよ。僕はひどくコスモポリタンだけれど、心の据えどころは知ってるからね。」
 するとお前は、神経質に頭を振りながら、本当に泣き出してしまった。僕はぐっとつまった。
「いいよ、分ってるから。……そんなことじゃない。だけど……真昼間泣く奴があるものか。笑った方がいいよ。」
 それは僕の本音なんだ。泣くことなんかありゃしない。馬鹿だねえ。



底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1−13−22])」未来社
   1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「改造」
   1925(大正14)年12月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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