云いたかったのだ。僕が時々遊里に足を向けるからと云って、僕をさも汚れた者のように取扱い、風呂にも先に入れないで、而も冗談にもせよ口に出してまでそれを云う、そうした兄に対する反感から、たとえ身体は汚れていようとも、心は潔白だということを、間接に主張して見るつもりだった。それが、反感や酒の酔が手伝って、妙な風にこじれてしまった。浜地のことなんか実はどうでもよかったのだ。
だから、翌朝になって、母から浜地のことだけを切り離して尋ねられると、僕は実際弱ってしまった。あれは兄をやっけるために浜地をだしに使ったんだとは、まさか云えないものだからね。
「わたしは、お前の昨夜の様子では、この話に反対だとしか思えませんよ。だからさ、反対なら反対でいいんですから、どういうところが不服なのか、はっきり云ってごらんなさいよ。」
母はいやに落付払っていた。僕は少々面倒くさくなった。
「じゃあ、きっぱり云いましょう。僕は反対じゃありません、賛成です。」
母は僕の顔をやはりじっと見ていた。
「それに違いなければ安心ですがね……。」そして母は一寸頬をゆるめた。「だけどよく考えてごらんなさい。この話にはお前が一番肝心な人なんですよ。浜地さんは親しいお友達、敏子は妹、その二人の一生のことですからね……。」
母は僕の立場を重く見ていてくれることは、その場合僕には却って有難迷惑だった。だから僕は、話を早く切り上げるために、少し余計な口を利く必要を感じた。
「一体その話はどの辺まで進んでるんです。」
「どの辺までって、ただ、加藤さんからそういう話があっただけなんですよ。そして、わたしも兄さんも、浜地さんならよかろうと思ってるんですがね……。」
「そして、敏子はどうなんです。」
「承知のようですよ。」
「浜地は。」
「勿論承知でしょうよ。浜地さんの家から加藤さんへお話があったらしいんですから。」
「それじゃ文句はないじゃありませんか。本人同士がよければ、何にも云うことはない。僕も賛成です。何でしょう、もう浜地と敏とは愛し合ってるんでしょうね。」
「ええ……。」
おや、と僕は思った。母は何か知ってるんだな、というより、何かあったんだな、そう僕は母の様子から感じた。変に言葉尻を濁して、僕の顔色を窺ってるのだ。僕は少しうっかりしてたかも知れない。然し、浜地は僕の親友であり、お前は僕の妹であるが、そのお前達
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