初めからお詣りをするつもりでいたくせに、わざわざ買物袋などをさげ、買物の帰りだからふだん着のままでよいなどと、なぜごまかすのか。幼い者にはありの儘を言って聞かせなさい。そうだ、あの衣裳屋の店先に立っていたことも、すっかり言って聞かせなさい。
信子は店先に暫く佇んで、それから中へはいって行く。
出来合いの女服と子供服が両側にずらりと掛けてある。その子供服の方へ信子は行って、縞模様を晩め、定価を見調べ、思案してはまた眺め、次第に奥へはいってゆく。突き当りの卓上には、反物が積み上げてある。そこから、一人の店員が出て来る。
「お子様のものでございますか。新柄がたくさん取揃えてありますが、お幾つぐらいでございましょう。」
信子は眼を大きくし、口を少し開いて、言葉もなく立ちつくす。どうしてこんな奥まではいり込んだのか、自分でもびっくりしてるようだ。
「今日は、ちょっと見ただけで、またにしますわ。」
呟くように言い、くるりと向き直って、店を出る。そして逃げるように、足早に立ち去って行く。
――吉岡はやけにピーナツを指先でおし潰し、そして酒を飲んだ……。信子よ、娘の衣裳を買ってやりたいというその気持ちは分るが、買う金もないのに、どうしてあのような店にふらふらとはいって行ったのか。なぜ抵抗しなかったのか。抵抗することによってこそ、人間は強くなる。娘の七つのお詣りをするのは、一向構わないが、そうだ、その通り、ふだん着のままで堂々とお詣りをなさい。
綺羅をかざったお詣りは、午前中に多いが、午後もなお絶えない。三つの男女、五つの男、七つの女、それらの幼い者たちが、和洋とりどりの衣裳を着飾っているばかりでなく、附き添ってる親たちまで、今日を晴れと装いをこらしている。その往き来で、神社の中はぱっと花が咲いたように見え、なお、飴や玩具類の屋台店が立ち並び、風もないのに風車はくるくる廻り、風船玉はふわりと宙に浮び、あたりに香りが漂っている。信子は買物袋をさげ、喜久子の手を引き、人込みの鋪石道をさけて、屋台店の後ろを通り、唐門をくぐって行く。
そこで、はたと当惑する。
拝殿の前には、太い綱が二本張られていて、その両方に狭い通路が設けられており、左手の通路内の卓子に、一人の神官が帳簿を前にして控えている。参詣の子供たちの氏名を書き留めるのであろう。拝殿の前面には、美装の人々が立ち並び、
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