いとこ》同士とか、そんな風な関係かと思いました。余り親しそうだから。」と今井は真面目に云った。
「そりゃあ私、中村さんを兄さんのような気がしてるわ。」と澄子は答えた。「だって、高等学校の時からもう六七年も家にいらっしゃるんですもの。私まだ十歳《とお》ばかりだったから、よく負《おぶ》さったりしてあげたわ。今でもどうかすると、僕の背中に乗っかったことがある癖に生意気だなんて、人を馬鹿にしてしまいなさることがあってよ。忌々しいから、そんな時には後で仕返しをしてやるわ。こないだなんか、ウェストミンスターの煙草の袋に、アンモニアを一雫垂らしといてやったの。そりゃあ可笑しかったわ。この煙草は臭い臭いって大騒ぎなんでしょう。そして私が放笑《ふきだ》してしまったものだから、とうとうばれちゃったの。でも平気よ。昔のことを云って人を馬鹿になさるから一寸おしっこをひっかけてやったんだわ、金口なんか吸って生意気だ、と云ってやると、いい気持だったわ。それでも後でお母さんから、嫌というほど叱られたの。」
「然しあなたは、何でも中村さんに相談なさるんでしょう。」
「ええ、時々……。でも何だか、本気に聞いて下さらないから、つまらないわ。」
今井は暫く黙っていたが、ふいに云い出した。
「私はあの人が嫌いです。皮肉ばかりで固めたような感じがしますから。」
「だって、皮肉な人は頭がいいんでしょう。」
「頭が悪くて皮肉な人だってありますよ。勿論中村さんは頭がいいようだけれど……。この室に来た当時は、そりゃあ変な気がしたもんです。妙にあの人から圧迫されるようで……。第一こちらは、この通り粗末な室だし、向うは立派な八畳の座敷でしょう。それが、壁一重越しで、縁側続きなんだから、まるで私はあの人の徒者といったような感じです。向うの物音が気になって仕方なかったんです。それでも、負けてなるものか、反抗してやれ、という風に心を持ち直して、それからだんだんよくなって、もう今では、こちらが主人で向うが従僕だと、平気で落付いています。」
澄子は驚いて彼の顔を見つめた。その視線を眼の中に受けると、彼は俄に狼狽の色を浮べた。眼を外らして、煙草に火をつけて、煙草の吸口を親指の爪先で、ぎゅっと押し潰し押し潰しした。そして云った。
「こんなことは、人に云うべきことじゃありませんが、あなただから云ったんです。誰にも云わないで下さい。」
「ええ。」
そう答えて、澄子は自分の胸の中だけにしまったが、そのことが妙に気にかかった。今井の云っただけのものでなしに、自分自身も関係しているような、そして何だか悪いことになりそうな、或る大きな影が、心の上に落ちかかってきた。
そして澄子がその方に気を取られてる時、一方では辰代が、以外なことを耳にした。
今井は越してきて、五月の末になると、洋食屋と鰻屋との払いだけを済し、それから五円紙幣を一枚出して、残りの下宿料と牛乳屋の払いとは、今暫く待ってくれと云った。辰代は別に気にかけないで、その通りにしておいた。それから六月の末になると、今井は如何にも恐縮したような顔付で、十円だけ差出した。金の来るのがどういうものか後れたので、とにかくそれだけ納めておいて、残りと諸払いとは暫く待ってほしい、と云い出した。そして辰代は、すぐに金を催促するからという彼の言葉を信じて、それで我慢していた。所が、晦日《みそか》に金を取りに来た牛乳屋が、辰代の断りの言葉を聞いて、先月から滞ってるのにそれでは困ると、可なりうるさく云ってから、何と思ったか、下宿人には用心しなければ06.4.20いけないと注意して、次のような話をした。
やはり或る素人下宿屋で、大学生と称する学生を世話した所が、それが変な男で、毎日家にばかりごろごろしていて学校へ行く様子なんかはてんでなかった。訪ねてくる友人連がまた、みんな破落戸《ごろつき》みたいな者ばかりだった。そして、やれ洋食だの鶏《とり》だの牛肉だのと、さんざん贅沢なことを云っといて、月末には五円しか金を払わなかった。次の月もやはり五円だった。三ヶ月目には一文もないと云った。余りひどいので、しまいには主人も腹を立てて、内々調べてみると、なるほど大学に籍だけはあるが、学校に出てる様子は少しもなかった。そしてまた、方々の下宿屋を食いつめた後で、もう正式の下宿屋にはいられなくなってることも分った。それから主人はうろたえ出して、その学生の持ってる品物や書物などを――不思議に書物だけは可なり多く持っていたのを――無理に売払わせて、それでも不足の金はまあ諦めをつけて、とうとう逐い払ってしまった。それがつい二三ヶ月前のことである。
「そんなことがよくありますから、うっかりひっかかっちゃ大変ですぜ。」と牛乳屋は云った。
辰代は驚いてしまった。話の中の学生が、余りに今井
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