ような、何となくやりきれないような、謂わば危機めいた調子をどこかに持ってるものであって、それだから酒を飲むのか、酒を飲みすぎるからそうなのか、その点は甚だ不明瞭で、恐らくは両方だろうが、健全に溌溂と酔っ払う者は至って少い。そして何かしら刺戟がほしくなる。宮崎と清子との仲は何でもないと分れば分るほど、私達は当が外れた気持になっていった。いやそんな筈はない、僕が証明して見せる、と云い出したのは大西で、或る晩、酔っ払った揚句ではあるが、皆の前でいきなり清子をつかまえて、キスしてしまった。彼女は声を立て、また笑っていたが、次の瞬間、顔の肉を硬ばらせ、ひからびてると見えるほど大きく眼を見開き、じっと大西を見つめて、それから彼にとびかかって、真正面に、彼の口に自分の唇を押しあてた。「あなたが奪ったから、あたしも奪ったのよ。だけど……きたない!」そして彼女はビールのコップをとって、大袈裟にうがいをした。
 全体が酒の上のことだとすれば、それまでであるが、然し、悪戯とするには、何だか過ぎたものがあった。清子はうがいをしてからも、宮崎の方へは眼を向けなかったが、視野の片端で彼の気配を窺ってることは明かだった。が宮崎は、眉こそしかめたが、それも一寸の間で、何の動揺も感じていない様子だった。そして愉快そうに酒を飲みだした。で結局大西の試験は失敗に終ったわけだが、それからは、「ビールのうがい」という言葉がはやり、大西と清子とは舞台めいた抱擁をしてみせることが度々あった。ばかばかしい話だが、私達はそれを拍手で迎えたりした。凡てが酒の上のことだ。本当のところは分るものではない。はっきりした話をするとなると、私は当惑せざるを得ない。其後のその事件全体が、今でもまだ、私には充分見透せないような憾みがある。なお、「笹本」のお上さんは、清子の病気なんかのため、だいぶ困ったらしく、大西の口利きで、長尾からいくらか金を借りたというのは、事実らしい。然し清子の態度をそれと結びつけて考えるのは、当らないと思われる。
 宮崎が私にくどく訴えたのは、右のような事柄についてだった。彼は何か手酷しく島村からやりこめられたらしく、それを憤慨したり悲しんだりしているのだった。
「相手を……対象を無視して、自分の行為だけを味うことが、僕には出来る気がする。行為そのものの純粋な喜びや悲しみは、そうでなければ感ぜられない。清子
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