た時、私は不安な予感を覚えた。おけいが大袈裟な迎え方をしたので、奥の室の私達にもすぐ分ったのである。
「なあに、そうでもないけれど、一寸忙しかったから……。」
 落付いた声で島村は云っていた。
「ああそう、丁度よかった。一寸呼んでくれませんか。用があるんだ。あとで飲もう。」
 おけいから呼ばれるまでもなく、私は皆に断って、席を立っていた。土間の長卓の方には、客はなかった。その片隅によりかかって、島村は煙草をふかしていた。私はその顔を見て、異様な感じがした。少し痩せたなと思われるだけだったが、ひどく色艶がわるく、額が妙になまなましく、眼に鋭い光があった。元来彼の容貌は、高い頑丈な鼻を中心に精力的なものを持っていたが、その精力的なものが内に潜んでしまってるようで、額のなまなましい感じと眼の鋭い光とのために、生きた人形という印象を与えた。
「例のことなんだが……。」
 彼は私の顔をじっと見た。私は眼を伏せて、うまくいかなかった旨を答え、心当りもなくなったことを打明けた。彼は落付いた微笑を示した。そこで私は云った、是非必要だというのなら、前に話したことのある方面に二三当ってもみようし、また彼の方で心当りがあるなら、それを全部駆け廻ってみてもよい、とにかく総ざらいをしてみよう……。
「いや、それには及ばない。心配かけてすまなかった。」
 ばかに冷かな調子で、そして彼はまた微笑をもらした。
 奥の室にはいると、大西は冷淡な眼で、長尾は落付いた眼で、私たちを迎えた。清子が飛び上るような声をたてた。
「あら、お一人? 後から来るんでしょう。さっきね、とても逢いたがってた人が……。」
「ばか、何を云ってるんだ、ばかな……。」
 ほんとに怒ったらしい押っ被せる調子で、宮崎は叫んだが、同時に、真赤になった。
 島村は平然と席に就いた。
「暫くぶりだね。」と長尾が云った。「この頃、あんまり飲まないのかい。」
「うむ、出来るだけ飲まないことにしてるんだが……。」
「そうでもないでしょう、島村さん。」と、おけいが銚子をもってわりこんできた。「ちっとうちへもいらっしゃいよ。あんまりよそを歩き廻らないで……。決して、くっついたり、殴られたりするようなことは、しませんから……。」
「なんです、それは……。」
「それ、井上さんと、銀座の何とかいうカフェーで……あれほんとでしょう。こうなんですよ……。」
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