身を投げだした。
「僕は逢いたい人があるんだ。」
「おい、宮崎、道化たまねはよせよ。」と大西が向うから呼びかけた。「古風な恋愛のまねごとなんかするなよ。……さけはなみだかためいきか……。」
歌の調子が皮肉に響いたらしい。宮崎は戻ってきて、飲み始めた。然し、暫くたつと、また思い出した。
「僕は逢いたい人があるんだ。それとも、ないと思うか。」
「あるならあると、はっきり云えよ。逢わしてやろう。僕が引受けた。」
「君が、……へえー、お門違いだ。僕が逢いたいなあ……逢わしてくれる人はここにはいないや。」
彼は一座を見廻して、それから私の肩へよりかかってきた。
「僕は……静葉……そうだ、静葉さんに逢って見たい。」
一寸異様な沈黙がおちてきた。ただ、長尾が一人微笑していた。
「静葉に逢いたい……なら、逢おうじゃないか。ここに呼ぼうよ。島村がいなくたって、来るさ。」
「だめよ、およしなさい。」
清子が、なぜか、むきになってとめた。
「あたし、そんなの嫌いよ。」
「おい宮崎、清ちゃんが、そんなの嫌いだってさ。」と大西が云った。「そんなのが嫌いだってさ。何とか云えよ。」
私は、肩によりかかって顔を伏せてる宮崎が、泣きだすか叫びだすかしやしないかと、少々もてあましていたが、宮崎はすぐ身を起して、酒を飲み出したので、助った気がした。だが、一座の空気が、どことなく乱れていた。一体、島村は本当に静葉を好きなのか、静葉は本当に島村を好きなのか、そんなことから、話は男女問題に亘っていった。そしてこういう事柄になると、大西が最も自由放埓な意見を吐いた。大西ばかりでなく、凡て酒の上では、男はみな独身者になる。独身の男の話など、茲に誌すにも及ぶまい。然るに、一座のうちで真の独身者である宮崎は、中途から口を噤んで、空《くう》に眼を据えて、酒ばかり飲んでいた。それを相手に、清子がまた酔っていった。そんな話は聞いていられない、聞かないためには、酔うだけだ。そう云って、彼女は大きく叫んだ。おばさん、お銚子下さあい。ふらふらしながら、宮崎と肩を組み合した。ねえ君、飲もう。うん飲もう。細い首の上の大きな島田の髪が、まるで拵え物のように、力なくゆらめいているのを、長尾と大西はぼんやり眺めながら、ばかげた議論をくり拡げていた。何一つ身を入れて為すこともなく、莫大な親の遺産をもてあまし飲みつぶしてる、色白な温
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