中では、そのひとがすっかり成人していて、私と同じぐらいの年配になっている。顔立や衣類のことはよく分らぬが、髪の恰好だけは分り、そのひとだということが最も確実である。それが、すぐそこに、黙って坐っている。なにかほのぼのとした幸福な感じだ。夢がさめても、香りに似た後味がなつかしく、瞼を閉じたまま半顔を布団の襟に埋めて消え去った夢のあとを追っていると、いつしかまたうとうと眠ったらしく、こんどは、十年前に亡くなった親しい女人のことを夢みた。この人は時たま夢に出て来ることがある。上体しか分らず、なにか仄暗い不吉な感じである。不運とか災難とかいうようなものを、私に予告したがってるかのようだ。これは用心しなければなるまい、とぼんやり思いながら、その夢の消え去ったあとを追っていると、また眠ったらしく、こんどは、嘗て別れたまま消息不明になってる愛人のことを夢みた。これも時たま夢に出てくるひとで、立ち姿の背がすらりと高く、じっと遠くを眺めている。何かを待ちうけてるようで、そして、温いが淋しい感じだ。なにか言ってやりたい、と私は思うのだが、その言葉が見つからないうちに、夢は消えてしまう。
そのようにして、いろいろな人を夢の中に呼び出したのであるが、それらの夢の中で、どういうことが起ったか、或は何も起らなかったか、所詮は夢のことだから、茲に述べるにも及ぶまい。然し、やがて妙なことになってきた。
こんどは、私自身が夢みられてるのだ。彼女が、はっきり言えば照代が、私を夢にみてるのである。瞼をほんのりと赤らめ、かすかに酒の香のする寝息で、すやすやと、真赤な箱枕に頬を押しあてて眠りながら、私を夢にみている。夢の中の私は、彼女の枕頭に坐って、酒の酔いに、上体をふらふらさせ、それでも、こそとの物音も立てず、眼は半眼に閉じ、いつまでも坐りつくしている。何かしきりに言ってるようであり、彼女も応答してるようだが、どちらの言葉も声には出ない。しんしんとした肌寒さだ。その雰囲気が、さっと乱れて、なにか兇悪なものとなり、照代はぱっとはね起きた。――とたんに、私の夢は消えた。
私は瞼を開いたが、二燭光の電球が瞳にしみ、また瞼を閉じた。瞼の裡に、不吉な不安なものが残っている。それに逆らう気持ちで、逆にそれを追っていると、うとうと眠ったらしく、また夢をみた。同じく、照代が私を夢みてるところを夢にみた。どういう場面
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