ると、猫の嬉しがりようったらない。身体をすりつけてくる。背中にとび乗る。頬辺をなめる……。
 この猫、案外、唯物主義者でない、と私は思ったのである。
 ところが、昨年の夏、知人の家に、尾の長い純白の牡の仔猫が出来たので、貰う約束をして、生後二カ月ばかりして連れてきた。私はかねがね、純白か漆黒かの尾の長い男猫を求めていたので、その願いの半分だけかなったわけだ。
 それはよいが、そこで、思いがけない障碍にぶつかった。貰って来た仔猫に、家の猫がなかなか親しまない。仔猫の方はさすがに無頓着で、時々実の親と間違えてか、なつかしそうに寄ってゆくこともあるが、親猫はすぐに、睥みすえ唸り声を出し、場合には引掻いたりする。それを私は互に馴れさせようとして、二匹一緒に膝の上に抱くが、そうなると仔猫までおじけて、二匹とも不安そうに身体をすくめ、首を縮め、時々低い唸り声を立て、はては膝から飛び出してしまう。そして室の別々の隅に蹲る。そんな状態が二週間ばかり続いた。ただ、食事の時いがみ合うことは殆んどなかった。
 今になって考えると、親猫の方が馴染まなかったのは、妊娠していたせいだったらしい。胴のつまった毛並の艶やかな、見たところ若々しい様子ではあるが、もう生後十年余りになる老年で、歯数も少くなっているし、「もう子供は産みますまい、」とその春微恙の時に医者も云っていた。それが久しぶりに妊娠していたのだ。
 白の仔猫が来て、半月ばかりたった時、家の猫は二匹子を生んだ。老年のせいか、子は発育が悪く、生れてすぐに死んだ。
 そして中一日置いた早朝、私は子供たちから騒々しく呼び起された。子供たちについて行って見ると、不思議だ。親猫が白の仔猫を抱いて乳をのましている。今まであれほど反感を持ってたらしいのが、がらりと変って、如何にも愛撫するように抱きかかえているし、仔猫の方でも、喉をならしながら乳房にすがっている。一夜のうちに、どちらから先にそうなったのか分らないが、今ではもう、全く実の親子同様になっている。
 そればかりでない。其後の親猫の態度は、云わばヒステリー的愛撫そのものになってしまった。仔猫の姿が一寸でも見えないと、方々駆け廻って鳴き立てる。仔猫が庭の木に登ったり家根に上ったりすると、警戒の声を立てて呼び寄せる。仔猫が危い垣根の上などに登ると、飛んでいって、銜えてくる。もう大きな子供を、婆さん
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