を横たえた。
 どうせ助からない病人とは分っていたが、数日前から急に悪化して、食物も殆んど喉を通らなくなった。始終むかむかして嘔気があり、臭いおり物には殆んど自覚がなく、時折、疼痛を訴える。その側に、姉は炊事以外は付ききりなのである。姉自身も痩せて、顔色がくすんできた。せめて半夜交代にでもしようと俺が言っても、姉は承知しない。最後まで自分で看病するつもりなのだ。おむつの世話は男には無理だと言う。病室内の異臭ももう身について、いっこう気にならないらしい。
 病室は四畳半。次の六畳に、姉の夫と二人の子供とが寝る。夫はその職場に時間外の居残り勤務までやって、一家の生活費を一人で稼ぎ出さねばならない。母が病臥して以来、彼の体にも無理がたたって、めっきり老けてきた。二階にも一家族、貧しい人々がぎっしりつまっている。至るところ人間臭い筈だが、体臭よりむしろ埃臭く垢臭いのだ。泣くのは子供たちだけで、大人たちは心から笑うことさえもない。
 ただ一度、姉が泣いてるのを俺は見た。母のおむつを洗ってるところへ、近所のお上さんが来て、大声で言った。
「たいへんですねえ。大人の赤ちゃんのお世話は、骨が折れるでしょうね。」
 そのあとで姉は、縁先でしくしく泣いていた。お座なりの同情にセンチになったのではあるまい。あるいは皮肉を口惜しがったのでもあるまい。母がまるで赤ん坊のように垂れ流しになったことが、悲しかったのであろう。しくしく泣いていて、どうにも涙が止らない様子だった。
「早く行け、早く行け。」
 むしろ世界中がどっかへ行っちまえ。

 その猫捨坂にも、体を休めてる女がいた。縞目も分らぬぼろぼろな上衣の、襟や袖口をくつろげ、下半身は黒いモンペできちっとくるみ、素足に片方だけ下駄をはき、片方の下駄は足先にひっくり返り、片腕を枕につっ伏しがちに、粗らな草の地面に寝そべっている。皮膚は泥や埃にまみれ、髪は赤茶けて乱れている。死んでるのかとも思われるが、かすかに息はしているらしい。いつまでもそのまま動かない。行き倒れて、眠りこんでしまったのであろうか。初秋の陽光が足先にだけ当っている。
 その日当りの中に、この坂でよく見かけるような仔猫が一匹、黒ぶちの毛並も薄い痩せほうけた体を、よたよたと動かして、女の下駄のあたりを嗅いでいた。鳴いているようだが、その声もか細くて殆んど聞えない。仔猫は下駄のあたり
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