なことを別にして、右の三者は、私の書斎の中を乱舞する虫類のうちで、最も醜い体躯を具えていた。美醜の感は絶対的なものである。私は何のやましさもなく、平然と、蚊と蝿とカミキリ虫とを憎む。
 肉体的美醜以外に、或は時としてそれ以上に、精神的美醜を発現し得る人間相互の関係は、思えば恵まれたるものである。――だが、それと共に、私は某女史の言葉を思い出す。某女史は、精神的に立派な人であるが、悲しくも、美しからぬ低劣な鼻を持っている。そして、或時、雑談が鼻のことに落ちた時、淋しい調子で云った。「鼻の話はよしましょうよ。私のこの鼻……生れつきで、自分でどうにも出来ないんですもの……。」
 深夜、書斎に飛びこんできた一匹のカミキリ虫を捉えて、やがてそれを死刑に処することを思いながら、また、この虫が玉虫ほどの美を持っていたならばと考えながら、私は、某女史の言葉を悲しく思い出したのである。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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