ど、黄絹と紫絹と五色の宝石を、たいへん大事にしていらしたのよ。それで、お亡くなりになった時、私一人で、ちょっと棺のそばにいさして貰ったでしょう。あの時、私、その黄絹と紫絹と五色の宝石を、棺の中へ入れてあげたのよ。お母様のお望み通りにしたのよ。」
「え、本当なの。」
 崔冷紅はうなずきました。曹新は考えこみました。そして二人とも暫く黙っていましたが、崔冷紅はふいに涙ぐんで、ハンカチを口にくわえてすすり泣きました。
「どうしたの。」と曹新は尋ねました。
「だって、お兄さんは、つまらないことばかり気にしているんですもの。」
 曹新は言葉につまって、立上ってその辺を歩きだしました。それから戻ってきて、崔冷紅の肩に手をかけて、いいました。
「ねえ、も一度北京に出て、勉強してみる気はないの。」
 崔冷紅は頭を振りました。
「お父様が、とてもお許しにならないわ。」
 それきり、二人は口を噤んでしまいました。時間がたって、槐の木影が次第に移ってゆきました。
 曹新は、決心の眼を宙に据えていいました。
「僕はやはり、今日出立しよう。伯父さんにお逢いしない方がよさそうだ。伯父さんが帰られたら、こう伝えてお
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