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今月になって五回、〇・〇〇二に当る分量を服用した。反応微弱。
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十一月九日――皮下注射と内用との身体に及ぼす影響の差が、よく分らない。今日少し調べてみたけれど、やはり分らない。然し、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]部の皮下注射が弱視に効果あるとすれば、少し分量を増した内用も、やはり効果あるべき道理である。その上俺は元来胃腸が非常に悪い。薬の内用に依って、胃腸粘膜の鬱血を散じてその働きを佳良ならせるならば、一挙両得というべきである。その上俺は、可なりアルコールに害を受けている。もしこの薬によって呼吸中枢を興奮させ得るならば、同時に三得となるわけだ。
十一月十一日――視力の減退が著しい。試みに眼鏡屋へ行ってみたが、近眼の度が進んでるのではなかった。物の表面をしみじみと見ることが出来ない。輪郭も凡てぼやけている。
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薄暗い世界だ。何もかもぼんやりしている。気が苛立ってくる。一寸したことでも癪に障る。何かに脅迫せられてるような心地。
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十一月十二日――考えまいとしても、いつのまにか考えている。而も何等まとまった考えをしてるのではない。頭の働き方が全く機械的になつている。種々の射影がいつも同じような姿で浮んでくる。俺の頭はそれを機械的に取り入れて、また機械的に吐き出してしまう。永久につきない反応作用を営んでるのと同じだ。
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Y子もE子も俺にとっては過去の人物だ。母と隆吉とは二人だけで生きてゆける。それを俺はどうしようというのか?
敢然と歩いてゆくべき途が一筋ほしい。現在の停滞した状態をこね起すべき梃がほしい。何よりも先ず、頭の中だけに狭められたこの息苦しい世界を、豁然とうち拡げることだ。視力を恢復することだ。精神的窒息は最もたまらない。
夜、〇・〇〇四に当る分量を服用する。
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十一月十二日――朝、〇・〇〇四をまた服用する。
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異常な感覚を覚ゆる。天地が躍り立つようだ。空がこの上もなく澄みきっている
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