待った。
 然し隆吉は、なかなかそれを見せてくれなかった。祖母がまだ来ない、というのが初めのうちの答えだった。しまいには、とても駄目だと答えた。
「どうして?」と周平は尋ねた。
「いくら探してもないんだって。」
「え、写真がないって!……亡くなる前に撮《と》ったのをお祖母さんが持ってると、隆ちゃんは云ったじゃないの。」
「でもお祖母さんは、いくら探しても見つからないんだって。井上さんに見せるのだからと云って頼んでも、持って来てくれないんだもの。何処かにしまい忘れたんだろうから、出て来たらすぐに持って来てあげるって、そう云ってたよ。」
 嘘を云ってるな、と周平は思った。祖母が大事な息子の写真をしまい忘れる筈はなかった。何か理由があるに違いなかった。
「そしてお祖母さんは、別に何とも云わなかったの。」
「ええ。」
「そんな筈はない。何とか云ったでしょう。……誰にも云わないから、ねえ、お祖母さんは何と云ったの。」
「だって、何とも云わなかったんだもの。」
 周平はじっとその頸を見つめた。小鼻の小さな高い鼻がつんと澄していた。考え深そうな凸額《おでこ》が黙々としていた。然しその下から覗いてる眼に、困ったような色が浮んでいた。いやに隠してるのだな、と周平は思った。
「隠したって駄目だよ、ちゃんと知ってるから。」と周平は云い出した。そして、悪い意味でその写真を見たがってるのではないこと、隆ちゃんのお父さんだから是非見たいような気がすること、お祖母《ばあ》さんに逢えたらじかに頼んでもいいこと、だから、変に隠されると気持が悪いこと、見せられない理由があるのならあるとはっきり云って貰いたいこと、そんな風に彼は云い進んだ。然し云ってるうちに、自分の方に或る疚しい点が感じられてきた。自ら気分が苛立ってきた。彼は一転して隆吉を攻撃しだした。嘘を云うのは一番悪い、お祖母さんが何か云ったのなら云ったと答えるがいい。どんなことだか云えないのなら強いて尋ねはしない、云ったのを云わないと答えるのは悪いことだ、……などと説き立てた。と彼ははっとして口を噤んだ。隆吉はいつのまにかしくしく泣きだしていた。
 身体を軽く机で支え顔を伏せて、肩を顫わせながらすすりあげていた。周平は初めの驚きが鎮まると惘然とした。なぜ泣くのか訳が分らなかった。
 隆吉は長く泣き止まなかった。
「どうしたの。え、なぜ泣くんです?
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