そして桃代さんは笑ったの。だけど、あたし、なんだかへんな気がして、忘れられないわ。」
「なあに、冗談だったろうよ。」
私は心にもないことを言ったものだ。桃代は喜美子を本当に愛していたのかも知れない。誰の手にも渡したくなかったのかも知れない。然しそれならば、喜美子を抱きすくめるとか、頬ずりをするとか、そんなことをどうしてしなかったのだろう。手を握られたこともないと、喜美子は言うのである。或は、肉体と肉体との接触などを桃代は極度に蔑視したのでもあろうか。
私は桃代の肉体を失った。だが、桃代はいつもまだその辺にいるような気がする。その桃代のために、喜美子に対してはただ、夢のような空しい愛情だけを持つことにしよう。喜美子はそれに丁度ふさわしい。白木蓮の花のような女だ。
底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1−13−24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「芸術」
1947(昭和22)年10月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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