、私の前に惜しみなく自分を投げ出している。――その夜から、私は幾度その肉体に取り縋ったことか。強い快楽もなかったが、倦きることもなかった。
桃代はその土地では、顔の売れた姐さん株で、気儘にひらのお座敷だけを勤めていた。私との仲は他へは内緒なのだ。だが加津美では公然のことで、喜美子の前でも遠慮はなかった。喜美子は私達の間を当然とでも思ってるらしく、或は寧ろ喜んでさえいるらしく、にこにこと楽しそうに私達二人を見る。私としては、失恋ではないが、失恋に似た感じだ。喜美子はもう手の届かないところにいるようでもあるし、すぐ掌の中にいるようでもある。なんだか焦れったいのだ。だから、焼け跡の野原に連れだして、夕日を眺めながら、彼女を相手に独語もするのだ。――喜美子はそんなことには頓着しない。梶山さんといえば、すぐに桃代姐さんだ。ああいう独語のあとでも、桃代姐さんだ。
桃代はやって来るのに手間取った。来た時は、少し酔っていた。ちょっと指先をつき、挨拶をして、食卓の横手にひたと坐る、それまではまあ形式だが、それから先もいやにしんみりしている。
「梶山さん、わたし今日はあやまるわ。御免なさい。」
私の方は見ないで、眼を伏せている。
「すこし、喜美ちゃんをいじめすぎたらしいのよ。」
「そんなことなら、僕にあやまることはないじゃないか。」
「そうだけれど、梶山さんにも関係があってよ。昼間、焼け跡で、梶山さんと何の話をしてたかと、いくら聞いても、何の話もしなかったと言うんでしょう。長い間二人でいっしょに腰掛けていて、口を利きあって、それで何の話もしないなんて、そんなことがあるもんでしょうか。でも、どうやら喜美ちゃんの言うのがほんとらしいわね。」
「ああ、あれか。なるほど、喜美ちゃんはうまいことを言うね。野原のことや、川のことを、僕が独りで饒舌ってたんだ。喜美ちゃんは聞いてたかどうかも分りゃしない。まったく、何の話もしなかったわけだ……。君も見たのかい。そんなら、声をかけてくれたっていいじゃないか。」
「しばらく立って見てたわ。でも、声をかける隙がないんですもの。」
「声をかける隙がない……なんだい、それは。」
「何と言ったらいいかしら……。まあね、二人で、心中の相談をしてるとか、そんな風で、声をかける隙がないのよ。」
「ばかだね、そんなことを……。」
「でも、わたしが男なら、喜美ちゃんと
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