呂将軍がおり、他方に方家同族の老人がいましたが、方福山は始終両方へ顔を向け、少し離れてる高賓如大佐や荘一清などへも呼びかけました。食物のこと、風俗のこと、上海のカニドロームやハイアライのこと、広東の黒人風呂のこと、印度奇術のことなど、ただとりとめもない事柄で、それを彼は旅の土産話として聞かせるのでした。そしてあちこちへ向けられるその眼には、時折、穏かな笑顔を裏切って、それらの話とは全く別個な、そして六十近い年配とは思えないなにか底強い光が、人の肺腑を貫くようにちらと輝きました。
彼のそばで、呂将軍は山のように泰然としていました。ゆっくり物を食べ、ゆっくり酒を飲み、余り口を利かず、大きな体躯をどっしりと落着かせていました。けれども、長い髭は力なく垂れ、顔の色はくすみ、眼はどんよりとしていました。彼の阿片嗜好はひどく昂じてるとの噂がありました。
方福山が初め、荘一清と汪紹生とを紹介しました時、彼はただ眼を二三度まばたきしただけで、二人の顔はよく見ないで、呟くようにいったのでした。
「君達のことは前から聞いていた。わしは君達を、いつも洋服を着てるものと思っていたよ。」
荘一清が曖昧な微笑を浮べて、鄭重な調子で答えました。
「私はまた、閣下はいつも軍服を召していられることと、思っておりました。」
その言葉のあと暫し時を置いてから、呂将軍は突然、はっはっはと大きな声で笑いました。
側にいた高賓如はちらと眉をひそめました。汪紹生はびっくりしたように呂将軍の顔を見上げました。呂将軍はなお得意気にも一度高笑いを繰返しました。
平服をつけてることが、呂将軍を、へんに如才ないようにまたは愚鈍なようにも見せるのでした。
食卓で、呂将軍はまた同じような高い笑いをしました。食物の話の時、彼は珍らしく言葉を続けて、嘗て太原で経験したという事柄を披露しました。――饑饉の年のことでしたが、数名の僚友と、そこの料理店で飲んでいますと、豚肉の煮込みの皿の中から、人間の足の爪が二つ三つ出て来ました。一同は酔っていましたので、その爪を興がって、酒杯に入れて乾杯したというのです。
その話のあと、ちょっと言葉がとだえました時、呂将軍ははっはっはと高笑いをしました。
すると、少し離れた席から、陳慧君の声が聞えました。
「まあ、閣下は、作り話もお上手でいらっしゃいますこと。」
呂将軍はまたはっ
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