失望とで、がっかりしてしまった。刑事が俄に押入の片隅を見つめ初めたのを、彼等は殆んど気にも止めなかった。そして云われるままに、釘抜と金槌とを取って来て渡した。
 刑事は押入の隅の一枚の張板に、全身でしがみついていた。金槌と釘抜とでそれをはがした。そしてあり合せの板切を求めて、其処を器用に塞いでしまった。それから漸く立ち上って、廊下に出て着物の塵を払い、めくり取った一枚の板をしきりに眺めた。わきから覗くと、その板には端の方に、少し火に焦げた跡が残っていて、黴みたいな小さい白っぽい斑点が沢山ついていた。がただそれだけだった。
「どうもお手数をかけて済みませんでした。」と彼は云った。「では、この板だけお預りして行きます。」
「もう宜しいのですか。」と晋作は尋ねた。
「ええ、別に異状もないようですから。」
「そんな板が何かになるのですか。」
「さあ……。」と刑事は半信半疑らしかった。
 それでも彼は、お茶を一杯飲むと、新聞紙に包んだ板を大事そうに抱えて、慌しく帰っていった。
「何かがお分りでしたら、私共へも一寸お知らせして頂けませんでしょうか。」と晋作は頼んで見た。
「はっきりした方が気持が安まっていいですから。」
「そうですね。」そして刑事は一寸考え込んだが、それから元気な声で答えた。「ええ、何れともお知らせしましょう。」

 女中部室の押入は、中井刑事の臨検を受けて以来、その神秘的な魅力を失ったかのようだった。室の陰気さは前と少しも変りはなかったが、押入の張板が一枚、あり合せの板切れで、刑事の手によって置き換えられたことを思うと、今迄の何とも云えぬ不気味さが、朝の光りのように白々しくなって、何処かへ消え失せてしまった。
「やはり何でもなかったんじゃないか。」
「そうね、気のせいだったのかも知れませんわね。」
 晋作と秋子とは押入の前に立って、そんな風に語り合った。
 けれど……その下からまた、新らしい懸念が湧いて来た。
「一体刑事は、あの板を何と思ったのかしら?」
 怪しい幻が消えた後に、科学と官憲とで※[#「捏」の「日」に代えて「臼」、24−下−4]ね上げられる、動かすことの出来ない現実的な幻が、恐ろしい顔付で伸びあがってきた。
「だがそんなことは、俺達の知ったことじゃない。」
 そう自ら云いきかして、晋作は無理に平気を装った。そして女中部屋の中に坐り込んで、子供達と
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