文芸方面に関心を持つ社会批評家として、新聞雑誌の上に時折活動しているのです。
 ところで、その会社の内部に、紛擾が起って、二派に分れて勢力争いとなりました。そうなると、評論家として社会的に名を知られてる芝田さんが、目につきますし、両派とも芝田さん引込策を講じました。芝田さんはどちらに対しても、「先ず会社全体の立前から……。」という答弁で、更に要領を得ません。それになお、芝田さんは内々、会社の金を多少流用してる疑いもあるようです。いろいろなことで、探索やら勧誘やらに、今日、両派の人がそれぞれやってくる筈なんです。
「どっちが先に来るか、それが重大なんだよ。」とチビは云いました。
「どっちが先だっていいじゃないか。おじさんはいないよ。」と正夫は云いました。
「知ってるよ。だが、先に来た方に、おじさんはきっと味方するよ。」
 ばかげたことで、チビらしい考え方です。けれど、必ずそうだとチビは断言します。先に来た方に味方する……そこには何か秘密な匂いがあります。「おじさんはそういう人だよ、」とだけチビは云いましたが、そうすると、芝田さんはチビの暗示でも受けてるのでしょうか。
 正夫がなお尋ねようとすると、「あ、いけない、」とチビは頭をひっこめて、逃げていきました。駒井さんが戻って来たのです。

 駒井さんは、ちょっと元気づいてるようです。頬にも赤みがさしています。
「一人で、退屈だったでしょう。今来たひと、金子さんのお母さんですよ。金子さんを、ご存じですか。」
 正夫はそんな人を知りません。
「お話をきいてみると、感心なかたですよ。」
 金子というのは、今年、大学の法科を出た青年です。時々芝田さんのところへも来たことがあり、就職の世話をたのんであったのです。そのお母さんというのが感心で、或るデパートの裁縫部に監督助手として出勤していて、僅かの遺産でこれまで生活をしてきました。でもこれからは、息子の力にたよらなければならない状態です。息子のことをお頼みしますと、くれぐれも云って帰りましたそうです。
 そういう話をしながら、駒井さん自身、いやにしんみりしています。昔のことを思い出してるのでしょうか。
 駒井菊子さんが、女学校の四年生の終り頃のことです。父親が亡くなって、一家は郷里の金沢へ引上げることになりました。小さな弟や妹はとにかく、菊子さんが、あちらの女学校の五年に転校できる
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