間に、明快な問答がなされました。――「軸物の類は、お待ちではありませんか。」「ありませんね。」――「なにかほかに、書画骨董の類は……。」「ありませんね。」――「何かありませんか。」「僕の家には、不用な物は一つもありませんよ。」――この最後の言葉を、チビは、ひどく感心していましたが、それも、正夫のところの中根のおばさんに云わせると、不用な物が一つもないというのは、趣味がないことであり、趣味がないのは、人間としての、一つの欠点となるのだそうです。
 そういう芝田さんの家のことです。駒井さんの室だって、中根のおばさんの室みたいに、いろんな物がごたごた並べたて飾りたててはありません。
 それでも、駒井さんの室にはいると、正夫は、柔かな芳香に包まれるような気持がします。正夫は駒井さんが好きなんです。ちっとも瞬きをしないような眼と、弾力性のある口付と、顔を埋めたら息がつまりそうな胸とが、とても好きなんです。
 今日は、その眼がおちくぼんでおり、その唇が乾いており、その胸が堅くなっています。
「病気ですか。」と正夫はやっとのことで云いました。
 お茶をついでいた駒井さんは、「え?」と声をだして、顔をあげましたが、正夫の云った意味が分ると、「いいえ、」と頭を振りました。そして、ふいに、ちらと光が眼に浮いてきました。涙ぐんだのでしょうか。下を向いてた正夫は、上目で、それを見てしまいました。
 ――なにか、心配なことがあるのだろう。
 そう思うと、もう口が利けないんです。
 駒井さんも黙っています。黙ったまま、お茶やお菓子をすすめてくれます。
 正夫は次第に、不安とも不満ともつかない気持になって、投げだすように云いました。
「おじさんはどうしたんでしょう。わざわざ電話をくれといて……。」
「電話……あなたに……いつ……?」
「今朝《けさ》だって。中根のおばさんと、ほかの用かも知れないけれど、話をして、その時、お午《ひる》すぎには帰ってるから、ゆっくり遊びに来るようにって、僕にことづけがあったそうです。」
「そう。どうなすったんでしょうね。」
 駒井さんも、なにか、芝田さんの帰りを待ってるようなんです。もう五時すぎになっています。駒井さんはしばらく考えていましたが、ふいに別なことを云いだしました。
「あなたは、何の花がいちばんお好きなの。」
 だしぬけの問いなので、正夫はちょっと返事に困
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