ついたように、一座を見渡しました。
「みんな起きてるのかい。正夫もいるんだね。……もう何時《なんじ》です。酒をのむなら、自分一人でおのみなさいよ。みんなを起しとくという法は、ないでしょう。」
「今夜は、特別だよ。」と芝田さんはにこにこしています。
「早く、仕度をなさいよ。……その間に、一杯もらいましょうか。」
康平さんは杯に手を出しました。
駒井さんはしつっこく眼を伏せて、室の隅にじっとしています。正夫は縁側に腰掛けて、闇の中に眼をやっています。
「おい、君たちも一杯やれよ。」と康平さんは誰にともなく声をかけました。「こんなに遅くまで、気の毒だなあ。おじさんの真似しちゃいかんぞ。」
そして、駒井さんにも正夫にも、杯をさすのです。二人とも、お辞儀をしてつつましくのみました。どういうものか、康平さんには親しみがもてないのです。さばけた調子なのですが、どこか角《かど》があるようなんです。骨の堅そうな額と口髭とが、そんな感じを与えるのかも知れません。
芝田さんが着物をかえて出てくると、康平さんはふと思い出したように、無雑作にポケットから書類を取出しました。
「これ、常見の方の証書です。受取書もついてるから。大事にしまっといて下さい。抹消登記の方は、僕がしてあげます。これだけの金を拵えるには、ずいぶん苦労しましたよ。」
芝田さんは平然と、まるで当然のことだったというように、書類を受取り、それを駒井さんに預けました。
「君にも心配をかけたが、もうこれで、安心だよ。昨日のあれが、先方では、見合のつもりだっていうから、呆れたものさ。」
その言葉が、どういうものか、ひどく冷淡に、嘲笑的に響きました。
駒井さんは顔を胸に伏せ、康平さんは芝田さんを見ながら、眉根に深い皺を寄せました。
芝田さんはそれに気付かないらしく、ふらふらと立上りました。
「じゃあ行こうか。」
康平さんは女中にだけ声をかけました。
「大事な話があるんだから、夜明しになるかも知れない。寝てていいよ。」
二人を、みんなで玄関に見送りました。
自動車の動きだす音がすると、駒井さんは廊下をまっすぐ、自分の室にはいって行きました。
茶の間に戻ってきた正夫に、女中が云いました。
「お床《とこ》は、奥のお座敷にのべておきましたよ。」
正夫はうなずいただけで、立ったまま、煙草をふかしました。
駒井さんは
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