方が気楽でええとよく仰言るじゃねえか。」
「そんなこたあ勝手な云い草だあ。」ぶつりと云い切って音吉は父の顔をじっと見た。「なあ、兎も角おら一人でええから、暫く町せえやってくんねえか。」
「いやいけねえ。」と平助は強く頭を振った。
 二人は暫し無言のまま、太陽の炎熱の中に立ちつくした。やがて音吉はほっと溜息をつくと、自棄に鶴嘴の柄を握りしめて、木の根といわず草叢といわず、大きな土塊を起していった。平助はその後を鍬で耘《うな》いながら、草木の根を土から選り分けて、それを荒地の[#「荒地の」は底本では「荒町の」]片隅へ運んで、小高い塚を築いていった。
 そして彼等の太い息と汗の匂いと、胸の底の思いまでが、蒸し暑い大気に包み込まれてしまった。何処かで鳴いてる蝉の声が、じりじり照りつける日の光と融け合って、大地の上に重くのしかかっていた。

 太陽が西に傾いて、蒸し暑い大気の密度がゆるみ、土の匂いがほのかに漂いだす頃になると、平助と音吉とは別々な感じで、その一日の労働を味わった。平助は益々仕事に身を入れ、音吉はぼんやり考え込んだ。
 遠い山陰に夕靄の色が湛え初めると、音吉は鶴嘴を投出して草の上に坐った。
「もう戻ろうよ。」
 声をかけられても平助は鍬を離さなかった。
「なまけちゃいけねえ。日を見てみい、まだ照ってるじゃねえか。おいらが若え時分にはな、日が入《へえ》って寺の鐘が鳴るまじゃあ、仕事を止めなかったもんだ。坊様がなんで鐘をつかさるか、お前は知るめえ。野良に出てるみんなの者に、もう戻るがええと知らして下さるためだ。」
「だが今日はもううんと働えたじゃねえか。」
「働えた上にも働かなくちゃあ、生き甲斐がねえ。」
 音吉は口を噤んで、西の山に傾いた赤い太陽を仰いだ。それから眉根を寄せ、両膝の上に頭を垂れて、じっと考え込んでしまった。
「頭痛でもするんか。」
 音吉は喫驚したように顔を挙げたが、それをまた膝頭の上に伏せて、思い込んだ調子で云い出した。
「なあ、おらを暫く町せえやってくんねえか。」
「まだそんなこと考えてるんか、昨晩あんなに云ってきかせたになあ……。お前、一体町せえ行って何するつもりだ。」
「製糸工場で人を傭うだとよ。おら其処で暫く稼えで、金がたまったらじき戻って来るだ。」
 平助は彼を上からじっと見下した。
「おたか[#「たか」に傍点]がそんなことお前に云って
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