太陽の光が輝いた。空には雲雀の声が聞え、樹梢には蝉が鳴き立った。凡てが清く輝かしかった。木も草もその一つ一つの葉末に、水滴が美しく光っていた。
その時、村を出て街道をやってくる平助の姿が見えた。驟雨に洗い出された道路の砂利の上を、少し腰を曲げ加減にゆっくり歩いてきた。
彼は荒地の中にはいって行き、開墾されてる地面の側に佇んだ。尻端折った着物の下から覗いてる両脛が、妙にひょろひょろと細く、肩のあたりが頑丈に角張っていた。やがて彼は其処に下駄をぬぎ捨てて、開墾地の中に踏み込んだ。柔い黒い土地の上には、雨に叩かれて飛び出てる小石が幾つもあった。彼はそれを一々拾い上げては、草木の根の小高い塚の方へ投げやった。土をふるい落されて幾日も日に輝らされたその草木は、堆く積まれたまま枯れかかっていた。
平助はふと物に慴えたように立上って、あたりをぐるりと見廻した。湿った大地に強い日の光が照りつけていて、水蒸気が静に立昇っていた。田にも畑にも街道にも、人影一つ見えなかった。村落の森はひっそりと静まり返っていた。
平助は暫くぼんやり立っていたが、また腰を屈めて小石を拾い初めた。そして大凡見えるだけの小石が無くなると、ぬぎ捨てておいた下駄を片手にさげ、片手を前帯の間につっ込みながら、真直に村の方へ帰っていった。
翌日朝早くから、また平助の姿が荒地の上に見え初めた。彼は自分で鶴嘴を使いまた鍬を使った。おかね[#「かね」に傍点]が時々鎌を下げてやって来た。背の高い灌木や大きな木の切株を自家の薪に、美しい草を野田の旦那の馬の飼葉に、自分で刈って運んでいった。
「お父つぁん、おらにも鍬を執らしてくれよ。」と彼女は云った。
「お前は日傭稼ぎをした方がええだ。」
「だっておらあ、お父つぁんの側で働きてえだもの。」
彼女は甘えるような眼付で父の顔を見上げた。然し平助は見向きもしなかった。
「いやいけねえよ。こんな仕事は女っ子のするこっちゃねえや。」
「じゃあお前一人ですっかりやるつもりだか。」
「そうだ、おら一人でやるだ。音の馬鹿が逃げ出しちまやあ、もうおら一人の仕事だ。」
「ほんとにやれるけえ。……無理しちゃいけねえがなあ。」
「おらの仕事だもの、おらがするだ。」
おかね[#「かね」に傍点]は[#「 おかね[#「かね」に傍点]は」は底本では「おかね[#「かね」に傍点]は」]それきり諦め
前へ
次へ
全13ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング