たが、手術を受けるほどの余裕は、あらゆる点で、笠井直吉にはありませんでした。戦争の焼印として、彼はそれを自分の肉体の上にじっと負いました。
 この火傷の跡に対して、殊にあかんべえの眼に対して、人々が取る三つの態度に、笠井直吉は気付きました。或る人々は、なにか珍らしい物でも発見したかのように、それをじっと眺めました。次に或る人々は、それを一目見て、すぐに視線をそらしました。次に或る人々は、それがそこにあることを知っていて、見ない先から眼をそむけました。
 そういうことによって、笠井直吉は、自分が特異な存在であることを感じました。そして謙遜な彼は、自分のその特異さを、なるべく人目につかないところへ後退させようとしました。郵便局では、彼は奥の事務を執っていましたが、窓口の方には、そこがどんな状態であろうと、決して近づかないことにしました。日常は、なるべく出歩かないことにしました。その代り、これは自己卑下の気持ちからして、配給物の受け取りなどには、隣組のために進んで出かけました。
 彼が好んで身を置くところ、というよりは寧ろ、好んで身を隠すところは、焼け跡の耕作地でした。終戦の年から翌年へかけ
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