ありませんか。もしか赤痢にでもなったらどうなさいます?」
「ではいいようにしてごらんな。」
それでしげ[#「しげ」に傍点]子はすぐに或る専門の大家を呼びにやった。
「だいぶひどいですな。」と云ってその博士は首を傾げた。
田原さんはそういう騒ぎの中にじっと控えていた。そしていつも口をきっと結んでいた。
それでも一週間許りのうちに重夫の病気は次第によくなっていった。病が急激に来ただけに癒るのも早かった。一週間すると起き上れるようになった。
その時しげ[#「しげ」に傍点]子は夫に云った。
「もう大丈夫でしょうね。」
「大丈夫さ。」と田原さんも答えた。
「ですけれど、あなた位張合のない人はありませんよ。あんな騒ぎの中にじっと落附いて、何を云っても『そうだね。』と仰言るきりですもの。私はそれでなお苛ら苛らしてくるんですよ。」
「いや病人がある時は落附いていなくちゃいけない。それに本当はお前よりか俺の方が余計重夫のことを心配していたんだ。」
「それでももしか手後れでもして赤痢にでもなったら、取り返しがつかないではありませんか。」
「そう。俺はただ種々なことを考えてばかり居たのかも知れないが
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