つのが当り前だ。けれどお前はもっと偉くなっていなけりゃいけない。もしお前が宇野の細君よりずっと偉いなら、何も腹を立てるに及ばないさ。他人に対して腹を立てるのは、その者と同じ所に自分を引下げるからだ。何も宇野の細君と同じ者にならなくったっていい。世の中にはああいう人もある位に思って上から見下してやればいいんだ。」
 しげ[#「しげ」に傍点]子は不満そうな顔をしながらも、それには何とも答えなかった。
 それから数ヶ月たった。そのうちにまたいつしかしげ[#「しげ」に傍点]子と上坂の細君とは口を利くようになった。そして宇野の細君が、二人の間をしきりに離間していることが分った。そしてまた、宇野の細君は二人の間に立って妙な地位に陥った。
 その後宇野の家は他へ移転した。
 田原さんは云った。
「ああいう者は世の中にいくらも居るものだ。男にも可なりある。然しああいう人の嘘は、それ自身の罪悪じゃない。嘘をつかずには居れないような性格に出来ているのだ。そういう性格に向って腹を立てるのは、曲った木に向って腹を立てるようなものなんだ。真直な木が曲った木に対して自分と同じ様でないと云って腹を立てるのは愚かなこ
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