として一半の責は負わなければならない。で秘密に調査をしてくれないかね。僕よりも君の方が店の内情に通じていると思うから君に頼むんだが……。」
広田は黙って考えていた。
「どうだろう?」と田原さんはまた云った。
「然し店の者にむやみに疑をかけるわけにもゆきませんし……。」
広田は当惑そうであった。
「そうだ、他人に疑をかけるのは悪いことだ。だから秘密にそれとなく調べてくれ給え。」
それから田原さんは会計の原口を呼んで、暫く事件を秘密にするように頼んだ。物品の不足を知っているのは田原さんと広田と原口とだけだった。
それから一週間たった。然し犯人に就いては何の手掛りもなかった。
或時原口は田原さんの方へ伺った。そしてこんなことを云った。
「余りに人を信用されるといけませんです。犯人は意外の所に在るのかも分りませんから。」
田原さんは、首を垂れて何やら考え込んでいるらしい原口の方をじっと眺めた。そして云った。
「ああ宜しい。君もよく注意してくれ給え。私《わし》の方でもそれとなく注意はしているんだから。」
実直な老人の原口は何やら物足りなそうにして帰っていった。
それから数日後のことである。広田が店で田原さんの所へやって来た。
「其後更に見当がつきませんが、少し疑わしい点もありますので、も一度物品を調べて見ては如何でございましょうか。」
で田原さんは、広田と原口と三人で、再び店の物品を調べてみた。すると前に不足していたものは皆揃っていた。会計の方も別に怪しい点は無かった。
田原さんは、何か云いたそうにしている広田をじっと見ながら、こう云った。
「これで宜しい。何も不足したものがない以上、もう調べる必要もあるまいと思う。ただ君達に注意しておくが、以後気を附けておいてくれ給え。」
雪になりそうに思える寒いどんよりと曇った日であった。田原さんは椅子に腰掛けながら、瓦斯煖炉の火に輝らされている広田の顔をじっと見つめた。髪を綺麗に分けたその額のあたりに汗がにじんでいた。
「さあもういいから行って事務をとってくれ給え。」と田原さんは云った。
原口は丁寧にお辞儀をしてさっさと出て行った。広田は室を出る時に一度ちらとふり返って田原さんの方を盗み見た。田原さんはそれを見落さなかった。
その晩、田原さんは俥に乗って広田の飯田町の住居を訪れた。髪を櫛巻にした細君が出て来て、その突然の来訪におどおどしていた。
「急な内談があるので、」と云って田原さんは座敷に通って広田の帰りを待った。
四人の子供があって末の児が病中である家の中に、下女一人の細君はただまごまごしていた。それが田原さんにもよく分った。
襖の影から男の児が二人指をくわえながら、交る代る田原さんの方を覗いた。
九時すぎに広田は家に帰って来た。彼は着物も更めないでそのまま田原さんの所へ来て、頭を畳にすりつけん許りにしてお辞儀をした。
「子供が病気だそうだね。」
「はい。」と広田はただ答えたきり首垂れてしまった。顔色が青ざめていた。
暫く沈黙が続いた後に、田原さんは云い出した。
「僕が突然やって来たわけは君に分っているだろうね。」
「はい。」と広田はまた低く答えた。
「僕は過ぎ去ったことは敢て咎めようとするのではない。然しああいうことは、もし店員全体に分ると悪い影響を及ぼすものだからね。」そして田原さんはじっと広田を見やった。「以後はよく注意してくれなくては困る。第一君は店の全部を取締る地位に在るではないか。その君自身が……いや僕はもうあのことに就いては何も云わない。君は十分悔悟している筈だから、ただ、このことだけはよく注意しておいて貰わなければならない。一度やったことは二度やり易いものだ。いいかね、一度行われたことは、後まで尾を引くものだ。それをよく考えておいてくれなくてはいけない。此度のことは君のためにいい修養だ。それを生かすか否かは全く君自身の力に在る。……僕の云うことは分ったろうね。」
広田は黙って顔を挙げた。頬の筋肉を痙攣さしていた。
「ただ無謀な考えを起さないようにし給え。」と田原さんは云い続けた。「君はまだ四十に間もある。君の生涯はこれからだ。そして大に店のために働いてくれ給え、店を自分の事業だと思ってね、いいかね。」
それから田原さんは、無雑作に紙幣を百円だけ其処に差出した。
「これは子供の病気に対する僕の心ばかりの見舞のものだ。取っておいてくれ給え。子供の病気はよく面倒を見てやらなければいけない。」
広田は涙をぼろぼろと落した。そして何とも云わないで、ただ頭を低く垂れたままじっとしていた。
「今日は、一寸見舞に来たのだが、余計なことを饒舌って許してくれ。それでは僕は外に用もあるので……。」
「お心は十分に分りました。以後全く注意いたしますから……。」
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