の影は力として薄らいでも宜しい。闇夜の太鼓の怪しい遠音は再び蘇らないでも宜しい。投網の夜打ちの清爽な感覚は色褪せても宜しい。然し、そういう自然の雰囲気に対して、人間は如何に卑小であったことか。
私は花子のぶしつけな信頼を有難く思う。と共に、花子の鬼子母神の守札を悲しく思い、貞操の問題は別としてその妊娠の無知を憐れに思う。出奔の意志が彼女にあったとなるならば、なぜ、ただ一人で凡てから出奔するだけの勇気が持てなかったのであろうか。農村の人事は人間をがんじがらめにするのであろうか。
やはり、私は、あの死の影や、あの太鼓の遠音や、あの投網の夜打ちなどを、大事な思い出として保存しておきたい。
底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「世界評論」
1950(昭和25)年2月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年12月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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