。――あの人はいつも明るいのが好きだった。カーテンをすっかりあけて、窓に日の光がさすのが好きだった。夜分は電燈の光が薄暗いと云った。
 あたし達のような商売の女には、愛ということと馴染ということとが、大抵の場合同じだった。三度逢えば三度分の愛がもてたし、十度逢えば十度分の愛がもてた。だから、あの人が度重ねてしげしげやってくるにつれて、あたしはそれだけの愛を持ったかも知れない。けれど……そればかりではなかったかも知れない。初めのうちは、あたしはあの人のことをのろけ話の種にしたこともあったが、後になると、あの人のことを少しも口に出さないようにした。口に出せなかった。
 普通の色恋とはちがった別なものがあった。あの人にも、何だか足りないところと多すぎるところとがあった。気持がひどく内気で臆病なようだったが、考え方がごく大胆で厚かましいようだった。世の中のことにうとくてぽかんとしてるようだったが、人情の深いところまで見通してるようだった。機嫌がよくてにこにこしてる時もあれば、口を利くのもうるさいといった風な時もあった。身装《みなり》はさほどよくなかったが、お金のことには至って無頓着だった。一体に無口の方だったが、時々とってつけたように、上手な皮肉や洒落《しゃれ》を云った。声に出しては唄一つ歌わなかったが、よく口の中で何かの節《ふし》を歌っていた。顔色は悪いが、案外しんが丈夫らしかった。いつも酒を飲んだが、本当に酔うことはなさそうだった。あたしを相手にしてるが、別なことを見守ってるようだった。そしてただ、その辺の空気を吸いに来てるような調子だった。あたしには息苦しい空気だったが、その空気を吸わないではおられないといったように、しきりに通《かよ》ってきた。これから暫く来ないよと云って帰りながら、またすぐにやって来た。そしてあたしも、あの人の空気を吸わないではおられなかった。あの人の側にいると、自由でのんびりして、心の中が明るくなった。あの人が暫く姿を見せないと、あたしは暗いところへだんだん落ちこんでゆくような気がした。あの人と別れぎわには、あたしは泣くことを覚えた。
「女は泣く時には本当のことは云わない。男は涙を流す時には決して嘘をつかないが、女はあべこべだ。女が本当のことを云うのは、怒った時だけだ。」
 そんなことをあの人は云った。そして自分で涙ぐんでいた。
 お店で、側につ
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