、お爺さんの姿は消えてしまいました。
五右衛門は不思議な気がしました。けれど、もうお爺さんのことなんかはどうでもいいのです。術を授《さずか》った上は、この上もない泥坊になれるわけでした。
二
翌日の晩、彼は喜び勇んで出かけました。かねて見当《けんとう》をつけておいた質屋《しちや》の蔵へ行って、その戸口で術を施《ほどこ》しますと、不思議にも、戸と壁とのわずかな隙間《すきま》から、すーっと中にはいり込むことが出来ました。それで、立派な着物や時計などを思うまま盗んで、いざ外へ出ようすると、さあ大変です。同じ隙間ではありますが、はいるのと出るのとは別だと見えて、いくら術を施しても出ることが出来ません。戸を開けようとしましたが、外から錠《じょう》がおりています。窓の所へ行ってみましたが、太い鉄棒の格子《こうし》がついていて、身体《からだ》が通りません。どうにも仕方《しかた》がありませんので、盗んだ品物をみんなそこに投《ほう》り出して、暗闇の中に屈《かが》み込《こ》んでしまいました。けれども、夜は次第《しだい》に寒くなるし、腹は空《す》いてくるし、もうたまらなくなりました。
夜が明けて、番頭《ばんとう》が蔵の戸を明けに来ました時、五右衛門《ごえもん》は泣き顔をしながらも、捕《つかま》っては大変ですから、いきなり中から飛び出して、番頭があっけに取られてるまに、一生懸命逃げ出してきました。
はいるだけはいってもだめだ、と五右衛門は考えました。それで、夜になりますと、橋の上に立って、手をポンポンポンと三つ拍《たた》きました。例のお爺《じい》さんが、どこからかひょっこり出て来ました。五右衛門は頼みました。
「あの術はだめです。今度は、どんな隙間からでも家の中にはいってまた出られる術を教えて下さい」
「それは駄目《だめ》だ」とお爺さんは答えました。「出るとかはいるとか、一つの術しか教えられない。それにまた、今度新たな術を教わると、前の術はもう出来なくなるから、よく考えて何なりと一つを望むがよい」
「それでは、どんな隙間《すきま》からでも家の外へ出られる術を教えてください」
お爺《じい》さんは承知して、その術を教えました。
三
五右衛門《ごえもん》はあれかこれかと考えた末に、ふといいことを思いつきました。ある大きな宿屋へ行って、すました顔で泊まり
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