って、年とってる両親に今更子供のことも頼みかねますし、私としてはトキエと結婚する気なんか少しもなかったのです。考えあぐんでは、彼女の眼にまでつくようになったらしいんです……。尋ねられて、私はそのことを打明けました。
「いいわ、あたしがいいようにしとくから……。」
彼女は事もなげに云って、微笑みました。そして名古屋の母とどういう風に話をつけたものか、子供は彼女の籍に入れることにきまりました。それについて、怨みがましいことも云わないで、後々の約束もなにも持出しませんでした。
――一体、どうするつもりかしら?
そういう疑念が、私の胸に起りました。いえ、それは前からあったのですが、その頃から初めてはっきりした形になってきた、という方が本当でしょう。
皺のよった赤いぶよぶよした、そして頭の毛だけが妙にこい……その、赤ん坊を、私は不思議そうに眺めました。不思議なだけじゃなく、不気味な気さえしました。がそれは、生れた時弱々しかったに拘らず、大して病気もせずに、育っていきました。母親の乳がよいのだそうでした。それでも彼女はのんきで、髪結に行く時なんか、子供は小女に任せたきりで、牛乳を一本買っておいて、ゆっくり遊んでくるのでした。前よりも、顔の皮膚などつややかになったようでした。
子供が一人ふえたきりの、相変らずの日々が続いていきます。トキエは遅く起き上って、ぼんやり微笑んで、夢想して……いや、夢想さえもしていないようです。ごくたまに、以前懇意だった芸者が二三人、子供を見に来るくらいで、殆んど訪れてくる知人もなく、こちらから訪れる知人もありません。子供はよく眠っています。店の方は名ばかりで、お菓子にせよ化粧品にせよ、一日十円ほどの売上がある時など、眼を見張ってびっくりしてるような始末です。夕方など、彼女は店先に立って、顔見知りの近所の人たちと、一寸挨拶とも噂話ともつかない言葉を交えることもありますが、すぐに引込んで、店の奥へよりも、二階の室にあがってしまいます。私が行くと、前日に来たばかりの時でも、五六日遠退いた時でも、同じような笑顔と落着いた態度で迎えます。
――一体、これから、どうするつもりかしら?
それが、次第に私の不安を大きくしていきました。
友人の画家の一人……大変優れた天分を持っていますが、いつもひどく貧乏で、余り困ると、私の親父のところに絵を持ってきて、
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