けて深く考えに沈んでいる木下の腕に彼女は縋りついた。
「木下さん、また……。」
「岡部君が呼んでるのですか。」
「ええ。」
木下は立ち上った。信子は彼の手を握りしめた。
「行《い》らっしゃるの?」
「ええ。」と木下はきっぱり答えた。「私は岡部君の前に出るのが恐ろしいような気がします。然しその恐ろしさは当然受けなければならないものです。いや、此処に一人でじっとしていても、私は恐ろしい。考えれば考えるほど、深い渦の中に巻き込まれてゆきそうだ。眼をつぶると真暗なものが襲いかかって来る。何にも考えないでじっと眼を見開いている外はない。……あなたは震えているんですね。もう仕方はありません。なりゆきに任せましょう。然し覚悟はきめて置かなければいけません。どんなものにぶっつかるか待ってみましょう。しっかりしていなければいけません。ぶっつかるものが何であるかは分らないが、ぶっつかる覚悟だけはしておきましょう。私はもう後悔はしない。力の限り堪え忍ぶことだ。……信子さん!」
彼は信子を胸に抱きしめた。
「あなたは、」と信子は云った、「岡部に仰言るつもりなの?」
「ええ、場合によっては。」
「でも……い
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