の条《すじ》が交っていた。
彼女が眼を挙げると、彼女の顔を見つめている啓介の大きな眼に出逢った。
「あら、眠っていらしたんじゃないの?」
「いや。」と啓介は答えた。
「先刻《さっき》から?」
啓介は首肯《うなず》いた。
「看護婦さんが出かける時から?」
啓介はまた首肯いた。それからこう云い出した。
「あの看護婦は実に現金だね。僕の容態が少しよくなると、看護服をぬいで普通の着物ばかり着ているが、また容態が悪くなると、看護服を着出すからね。この一週間許りは看護服ばかり着ている。」
信子は庭の方へ眼を外した。縁側の障子にはまってる硝子で四角に切り取られた庭は、陰欝に曇った寒空の下に荒凉としていた。雪と霜とに痛んで枯れはてている芝生の間には、湿気を帯びた真黒な土が処々に覗き出していた。
「お前は、」と啓介は云った、「泣いてるね。」
「いいえ。」と信子は答えた。そして鼻を一つすすって、彼の方を振り向いた。
「では眼を大きく開けてごらん。」
彼女はちらと微笑の影を口元に浮べて、眼を大きく見開いた。すると急に、眼の底が熱くなって、大粒の涙がはらはらと溢れ落ちた。彼女は其処につっ伏してしまっ
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