にはどうしていいか分らない。二つの石塊《いしころ》のように、触れ合うことが互に傷つけ合うことになるのは、実際堪らない。」
「余りいろんなことを考えすぎなさるからいけないんですわ。」
 その言葉は、啓介が求めている所から最も遠いものであった。彼は、俯向いている信子の顔を、じっと眺めた。彼女はかすかに身を震わした。
「なるほどお前の云いそうな言葉だ。お前はいつも頭で物を云って、心で物を云ったことがない。」
 信子は黙って、益々低く頭を垂れていた。視線を膝の上に落して、肩をすぼめながら両手をきちんと重ねていた。その審問をでも受けてるような様子を見ると、啓介はたまらなく淋しくなった。彼はいきなり上半身を起そうとした。信子は驚いて彼を引止めた。彼が再び枕に頭を落付けると、彼女は彼の手に取り縋って、涙を流した。
「あなた、許して下さい。」と彼女は口の中で云った。
 然しその意味は彼には分らなかった。
「何もあやまることはない。僕達は互に触れ合う面が悪いんだ。」
 彼も涙ぐんでいた。その涙を流すまいとして眼をつぶった。二人共黙り込んでしまった。彼がそっと身体を動かすと、彼女は蒲団の中に手を差入れて、彼の腕をさすり初めた。彼はされるままに任した。いつまでも涙が止まらなかった。看護婦が戻って来ると、彼は涙を見られまいとして、蒲団の襟に顔を埋めた。
「私が代りましょうか。」と看護婦は云った。
「いいえ、まだよござんすわ。」と彼女は答えた。
 然し、次の室に木下の足音がした時、彼女は俄にさする手を休めた。啓介は蒲団から顔を出して云った。
「もういい。」
 襖をことこと叩く音がした。――木下は室にはいる前に、襖を軽く叩く習慣になっていた。信子は啓介の側を離れた。啓介は天井を眺めた。
 木下ははいってくると、信子の方をちらと見やって、火鉢の横に坐った。
「どうだい?」
「相変らずだ。」
 最初の言葉を交してしまうと、啓介は何故ともなく安心の情を覚えた。彼は、一瞬間前の狼狽《うろた》えた自分自身を思い浮べた。それが恥かしくなった。木下の姿を眼の前に見ると、あらゆる気兼や狼狽や敵意や嫉視は消えてしまった。長い髪の毛、ゆったりした額、頬の滑かな面長の顔には少し短かすぎると思われる鼻、肩の張ったわりには細りとした上半身、平素見馴れた親しい友の姿は、彼の心を落付かして、一種の力強さをさえ与えた。
「こ
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