。叢も芝生もそうだ。地面からも、物を芽ぐます力が泌み出している。陰惨な空からも、晴々とした明るい蒼空を思わする色合がどうしてもぬけない。作意《モーティフ》と出来上った結果とが背馳してしまうんだ。僕の製作は何物かに裏切られている。僕の心は何物かに裏切られてるようだ。僕は今それに苦しんでいる。」
木下は云ってしまうと、両手を頭の下にあてがって、長々とねそべった。
啓介は云った。
「それは君、君の心の内に在るものが君の製作を裏切るんだろう。」
「然し僕は、」と云って木下は一寸顔を上げた、「心の中にそんな変なものは何も持ってやしない。」
「なに、心の中には、意識しないものだって沢山あるんだ。それは兎に角、思い切って作意《モーティフ》を変えてしまったらどうだい。荒廃の中に蔵されてる芽ぐむ力といったようなものに。」
「僕もそう考えたことがある。然しそういうものはいつだって描ける。僕はあの景色を生かしてみたいんだ。それで努力してるんだ。曇った日には大抵出かけることにしてる。……君の容態が余りよくないのを放《ほう》っといて、出かけてばかりいるのを許してくれ。」
「なに構うもんか。僕はそれほど悪いんじゃないし、看護婦さんと信子と居れば充分だ。それよりも僕は却って、君の仕事の邪魔になるのが一番心苦しい。家《うち》との関係があんな風になって、信子と二人で君の所へ飛び込んで来て、半年とたたないうちにこの病気だからね。」
「そのことなら僕の方から御礼を云わなけりゃならないよ。君の叔父さんの内々の補助で、僕まで生活がいくらか楽になったんだからね。余徳の方が大きすぎる位さ。そんなことは心配しないで、早く病気を癒すことだね。」
「うむ。」
二人が黙り込むと、看護婦は、胸部の浸布を取代える時間だと云った。そして信子の手伝いで、彼女はそれにとりかかった。
その間に木下は、自分の室へ行って、和服と着換えて来た。湿布を取代えられた啓介は、※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]を深く蒲団の襟に埋めて、静に横わっていた。木下の顔を見ると、彼は云った。
「先刻の話の絵を見せてくれないか。」
「そうだね、まだ出来上ってはいないが、見せてもいい。此処に持って来よう。」
然し彼が立ち上ろうとすると、啓介は俄にそれを止めた。
「いや、また後にしよう。何にせよ、出来上ってしまわないうちは、人に見られるのは余
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