り蒼ざめて、冷くなって、それでも、爪がつやつや光ってる手にハンカチをとって、南さんの涙を拭いてやった。その涙が後から後から出てきて、しまいに止んだ頃には、なんということだろう、南さんはもううとうと眠りかけていた。その寝顔を、山根さんはじっと見ていたが、大きく溜息をついて、それから南さんをむりやりに起し、二階の寝室につれていった。
おれはそこに残って頭をかいた。――どうやらおれの童話は失敗らしい。おかしな人たちばかりだ。あんな恋人ってあるものか。それに、山根さんの着換えは更に訳が分らない。然し、まだどうなるか分ったものじゃない。おれには少し腑におちないことが多すぎるんだが……まあいいや。
おれは正夫の寝てる奥の室に行ってみた。
正夫はすやすや眠っていた。おれがその額に接吻してやると、少しきつすぎたか、正夫はぱっちり眼を開いた。
「どうして眼をさますんだい。」
「なにか、へんなものが来たんだよ。」
「夢だろう。」
「夢なんか、僕はみないよ。」
「なぜだい。」
「知らないや。よく眠るからだろう。」
「夢をみたかないかい。」
「みたかないよ。」
「なぜ。」
「みたってつまんないよ。眼をさますと、すぐに消えちゃうよ。」
「眼をさましても消えないようなものが、何かあるかい。」
「あるじゃないか。いっぱいあるさ。」
「うん、そりゃああるよ。だけど、パパだって、おばさんだって、たくさん夢をみてるんだろう。」
「そんなこと、僕は知らないや。みてるとしたら、よく眠れないからだろう。」
「そうだなあ、よく眠れないのかも知れないや。そして君は、あまりよく眠りすぎるよ。」
「眠りすぎたって、いいじゃないか。」
「一人で先に眠るのは、淋しかないかい。」
「淋しいもんか。だけど、みんな先に眠って、一人であとから眠るのは、淋しいよ。」
「それじゃあ、死ぬのは。」
「死ぬのはちがうさ。」
「なぜだい。」
「死んじゃったら、もうおしまいだ。眼がさめやしないよ。」
「だってさ、生き返ることだってあるだろう。」
「生き返ったら、ほんとに死んだんじゃないんだ。」
「そんなら、地獄とか、極楽とか、天国とか、よみの国とか、あんなものはどうなるんだい。」
「嘘っぱちさ。」
「それでいいのかい。」
「いいじゃないか。生きてる間だけ生きてりゃいいんだ。ばかだな君は、いつまで生きてたいんだい。」
こいつは、全く
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